冬の夜は、と言い掛けた黒潮の唇は、肉まんの柔らかな湯気に濡れていた。
その唇を啄ばんでしまいたい衝動を抑えながら、陽炎は首を傾げる。
「冬の、夜は?」
促した陽炎に、黒潮はうーん、と少し、考えるような素振りをした。どうやら、意識して落とした言葉ではなかったらしい。


真夜中にコンビニエンスストア――すなわちコンビニに行く、というのは、陽炎を幾分か背徳的な気持ちにさせる。妹たちには、夜遅くで歩いては駄目、なんて注意をするからだ。自分たちはいいの、なんて言われたら、きっと言い返すことがきっと出来ない。陽炎は言い訳というのが、どうにも苦手なのだった。
「寒いわね」
月並みな陽炎の言葉に、黒潮は小さく笑ってみせる。寒さに弱いこの妹を、こんな深夜に連れ出すのは陽炎の本位ではない。それでも書類の処理に煮詰まっていた陽炎の気分転換にと、手を引いてくれた黒潮の好意を無碍に出来る彼女ではなかった。
「寒いなぁ」
背伸びをしている猫みたいな声を、黒潮は出す。それが陽炎と二人っきりでいる時だけの癖なのだと、気づいたのはいつ頃だっただろう。黒潮が、陽炎だけに見せる声、表情。それらを、大切にしたいと思う。いつまでも。
「冬の夜は、なあ」
どうにも、と黒潮は言った。先ほど言った、宙ぶらりんになったままの言葉の続きを、どうやら形にすることが出来たらしい。
「どうにも、ぎらんぎらんに尖ってるから」
好き。黒潮はそう言って、肉まんを大きな一口で食べ終えた。ぎらんぎらんに尖っている。その語感がなんだか黒潮らしくて、陽炎はふふふ、と笑みを漏らす。
「じゃあ、夏は?」
夏も、ぎらんぎらんじゃない?
陽炎が笑いながら問いかけると、黒潮は「んー」と首を傾げた。どうやら、感覚のアウトプットに、戸惑っているようだった。
「夏は、じゅわじゅわ」
そうしてしばらく考えて出した答えがこれだったので、陽炎は吹き出してしまった。じゅわじゅわか。なんだか炭酸水みたいね。
そう思えば確かにその言葉は夏にぴったりな気がして、陽炎は黒潮と繋いだ手の力を、そっと強めた。
今はまだ少し冷たい黒潮の手。肉付きが薄いと、こうまで人の手は冷たくなるものなのか。黒潮と手を繋ぐ度に、陽炎はそう考える。昔は鉄の塊だったから、冷たいのなんて当たり前だったのに。今では、冷たいのが痛いということが分かる。温めてあげたいとも思う。感覚と、感情。知ることが出来たのは、艦娘と呼ばれる存在になってからだ。
「春はふわんふわん、秋はざくざく」
秋はほら、落ち葉を踏んで、歩くから。黒潮は悪戯が成功した子供みたいな笑顔を、陽炎に向けた。たじろいだ陽炎を、逃がさないとでも言うように。
「……どれも、好き」
陽炎の隣で見る季節が、ぜーんぶ好き。
そう言った黒潮の目は、夜空を写していた。冬の、ぎらんぎらんの夜空を。
その瞳に吸い込まれるように、陽炎は黒潮の目尻に一つ、唇を落とした。寒さに潤む目に降らせたそれは少し、涙の味がした。


――繋いでいた手からそっと熱を分け合って、陽炎と黒潮の体温はやがて同じになるだろう。
春も、夏も、秋も、そして冬も。
ずっと、ずっと。


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