…ん、なんかうまそうな臭いがする。

鼻孔をくすぐった甘い香りに重たい瞼をこじ開けると、俺…の姿の臨也がベッドの縁に腰掛け、片手でキーボードを叩きながらフレンチトーストにかじりついていた。


「あ、シズちゃんおはよう。フレンチトーストで良かったら食べる?」

「…おう」

「最近のラブホは良いよねえ、これタダなんだよー」

「…マジか」


噛むと、にちゃり、と音を立てる冷めきったそれはお世辞にもおいしいなどとは言えた物では無かったが、そういえば晩飯すら食ってない俺の胃はそいつを手を広げて歓迎した。


臨也は相変わらずこちらに背を向けながらパソコンを操作する。
話し相手もおらず、もしAVが流れたらと思うとテレビも付けられない俺は、ぼんやりと部屋を眺めた。

なんていうか、普通の部屋なんだよな…。
臨也のが言うには、チェックアウトするまでは部屋から出られないらしいが、その点と、風呂がガラス張り――臨也があがった後に風呂に入ってみると、浴室からは鏡張りになっていた。いわゆるマジックミラーというやつらしい――である点を覗けばここはきれいなビジネスホテルといった印象だ。

俺のラブホのイメージというのは、回転するでかいベッドがあって風呂がガラス張りな、とにかく汚いイメージだったのだが、この部屋はそのイメージを払拭した。

しかしおもむろにベッドサイドの小さなテーブルに目をやると、コンドームがちょこんと2つ並んで置いてあり、俺はどことなく裏切られた気分になった。

そうか、俺は今臨也と二人でラブホに―…

「よっし!」


臨也が急に叫んで振り返ったものだから、思考を読まれたわけではないだろうが、心臓がびくんと跳ねる。

臨也はそんな俺の様子にはまったく気付かず、のんきにうーんと背伸びをしてパソコンを閉じ、てきぱきとそれをカバンに詰める。


「さ、そろそろ11時だしチェックアウトするよ。今日は忙しいからねえ。シズちゃんにも頑張って貰わないと」

「…あ?」


臨也は笑いながらオレンジジュースをずぞぞ、と音を立ててすすった。



******




「折原さん、これ、頼まれたものです」

「あー…ありがとな」

「…折原さん?」

「あっ、いや、どうも〜…?」

「…?」


疑問符を浮かべる男から、ばかでかい紙袋を受け取る。近くで待機していた臨也の元にそれを持って帰ると、ごつん、と頭をしばかれた。パーでしばかれたにも関わらず、ぱしん、ではない。ごつん、だ。


「もー!ちゃんと演技してよね?『ありがとぉ〜』だから。はい、もう一回」

「あ、ありがとお〜」

「んー…ま、いっか」


臨也は首をかしげつつもごそごそと紙袋を探り、よいしょと言いながらスーツ一式を取り出した。


「んだこりゃ」

「見ればわかるでしょ、服だよ服。スーツ」

「いや、それはわかるが」


で、そのスーツが何なんだ。そう言おうとした俺に、黒のスーツとワインレッドのネクタイやらがなげられる。思わずそれを受けとめると、臨也がにやりと笑った。

「さあ、着替えるよ」



…なんかこいつ、パソコン触ってから元気になってねえか。

きゃあきゃあ言いながらネクタイの色を選ぶ臨也の後ろ姿を眺めていると、ため息が勝手に口から出た。









続き


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