軽快なメロディが携帯から流れる。俺はスライド式のそれを開き、通話ボタンを押した。受話器に口を押しあてる。


「もしもし」
『…あら?』
「波江?」
『また声がおかしくなったのね』


また。
また、という事は俺が昨日の朝電話してから今までに、シズちゃんー…の身体の俺に一度会ったのだろう。そういえばパソコンを運んでおいてくれ、とメールを打っていた事を思い出す。


「あー。パソコン送っといてくれたんだ?」
『…何言ってるの?さっきまで一緒にいたでしょう?』
「…あっ、そうか。そうだね。あー……悪いんだけどさ、今からまた別の場所にっていうのはナシ?」
『…ふざけてるのかしら』
「ハイハイわかったわかった。ご苦労様。…で、用件は?」
『貴方に聞きたいことがあって。…でも今、確信に変わったわ。』


波江は頭が良い。
聡い、と言うべきか。ただ勉強ができる人間はいくらでもいるが、波江は「本当に頭が良い人間」だ。聡明、怜悧、明敏。
だからこそ、はじめは『俺と誰かが入れ替わった』という話を鼻で笑ったが、もしかしたら俺との電話での会話や実際にシズちゃんの身体の俺と会って何か感付いたのかもしれない。


『早く貴方の同窓生…岸谷新羅、だったかしら?診て貰いなさい』
「あ、新羅はダメだったんだよねー。やっぱちゃんとしたとこじゃないとダメなのかな…でも、いかんせん、話が話じゃない?」
『そうね…いくら何でも折原臨也の頭がおかしいだなんて理由で一般の病院に行くわけにも「ちょっと待ってよ?」

『…あら?何かおかしかったかしら?』
「俺はどこもおかしくないんだってば!…いや、おかしいのか?でもそう言う意味じゃないの!」
『…本人には自覚は無いのね』
「ちょっと、波江!違う!」


受話器に向かって大声を出す俺に通行人の注目が集まる。シズちゃんが、っていう所もあるんだと思うけど。人目をさけて路地裏に身体を滑り込ませると、受話器の向こうで波江はたっぷりと沈黙した後、こう言ってのけた。


『…しょうがないわ。無様に生き恥を晒すよりかはマシでしょう』


トーンの落ちた波江の声に背筋が凍る。
『生き恥を晒すよりかはマシでしょう』

生き恥を晒すより、?、ちょっと待って、まさか。


『今まで世話になったわね。そのお礼と言っちゃ何だけど…私が殺してあげるわ』




…冗談じゃない。




******






ドタタタタ、と凄まじい音がする。その間隔と音源の近さからおそらくアパートの階段を上がる音なんだろうが、音量としては工事現場並だ。なんだろうと眉をひそめ玄関に向かうとー…

バキン、

嫌な音がして、玄関のドアが開いた。
正確には、玄関のドアが無理矢理とっぱらわれた。
思わず目を丸くして土煙の向こうを見ると、俺の姿の臨也が肩でゼイゼイと息をしていた。


「…ノミ蟲…?」


さっきまで、帰ってきたらとりあえず一発、こっちのほうがダメージがでかくとも思い切り殴ってやり、今日から身体が元に戻るまでの飯を担当させてやろうと思っていたのに、いざ、臨也が帰ってくると、あまりの帰還の派手さにのまれて右拳も大人しくなってしまった。


「お、お前…どうした…んだよ」


臨也が俺の姿を目でとらえた。かと思えばそのまま土足で部屋に上がり込んで、外に向かう窓から外を見る。


「…良かった」


何も良くねえよ。
そう言おうと口を開きかけたが、ぎろりと部屋を見渡した臨也の剣幕に思わず言葉を飲み込んだ。俺ってこんな顔だったっけか。


「…シズちゃん。落ち着いて聞いて。君ー…というか俺の身体は今ある女に命を狙われてる」

「は?」

「さっきパソコンを届けた女がいただろう?矢霧波江って言うんだけどー…いや、詳しい説明は後でするからとにかく逃げるよ。財布と携帯取っておいで。早く!」


臨也はそう早口でまくしたてると、コードをまたいで黒いノートパソコンだけを鞄に入れた。俺はとりあえず言われた通りに携帯と財布をコートのポケットに入れて、それをはおった。


「…逃げるよ」

「…お、う?」



俺と臨也が入れ替わって三日目。
今日から逃亡生活の始まりである。











続き


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