「クッソ…」


臨也が去ってから既に半日以上が過ぎたが、結局奴は帰ってこなかった。

タバコを吸えない事も相まってか、俺は沸き上がるイライラを抑えることもできずに部屋の中をただうろうろしていた。枕を殴ってみるもののたいした発散もできず、イライラは増すばかりだった。


あの時。
角を曲がり、すぐに視界から消えた奴を追おうともしたが、今の自分の状態を考えると池袋の街を不用意にうろつくべきではないと我ながら冷静な判断をし、おとなしく家に帰った。

腹が減ったら帰ってくるだろ。

そう思いながらコンビニの弁当を温める。電気代が勿体ないから、奴の分も一緒に。

風呂、一緒に入らないとまたキレるだろ。

そう思いながらたいしておもしろくもない映画を見る。早く入ってしまいたいから、奴の分の着替えも準備して。

いくらなんでも朝には帰ってくんだろ。もしかしたら元の身体に戻ってるかも。

そう思いながら眠りについたが、翌朝目を覚ましても、ベッドにも床にも俺の身体の奴の姿はなかった。そして俺の身体も奴のままだった。


「んだよ…クソ」


昨日臨也の為にと買ってやったコンビニ弁当を朝飯代わりに掻っ込む。昨日の晩飯と全く同じメニューのそれは相変わらず旨くも不味くもなかった。
箸でハンバーグを割り、臨也の一口大に割られた肉を口に運ぼうとした瞬間ー…


ピンポン。
ガタッ、ガタタ。


突如部屋に鳴り響いた軽快なチャイムの音にやたらと過敏に反応してしまう。

ノミ蟲の野郎。帰ってくるの遅えんだよ死ね。手前のせいで今ベッドの脚に脛ぶつけて泣きそうなくらい痛えよ死ね。

とにもかくにも一発殴ってやろうとドアを開けたが、そこに臨也の姿は無く、長い黒髪の女が立っていた。


「……あの」

「宅配よ」

「…どちらさまですか」

「何言ってるのよ、貴方。ひょっとして本当に頭がいかれちゃったのかしら…ああ、元からだったわね。この会話も二度目ね」

「…いや、あの」


慌てる俺を一瞥して、「いいわ、運んで」と女が後ろに向かって声をかけると、数人の男がパソコンやらの電子機器を持ってぞろぞろと入ってくる。俺のワンルームの部屋は一気にコードの海と化した。


「貴方本当にどうかしてるわ。しばらくはここで暮らすからパソコンを運び込めだなんて。ここ、平和島静雄の家でしょう?貴方彼が嫌いだったんじゃないの?」

「……ああ」

「…どうしたのよ」

「えっ?」

「…喋りなさいよ。いつもはこっちが口を閉じなさいと言ってもぺらぺらとよく話すじゃないの」

「あー…」

「…何よ」


ぷいとそっぽを向いたその女は、パソコンの配線などをしていた男たちに矢霧さん、と呼ばれていた。おそらくは臨也の仕事のパートナーなのだろう。
矢霧はパソコンの配線を終了した男たちが出ていってから、俺を訝るように見つめた。


「まさか…昨日言ってた事…本当なんじゃないでしょうね」

「昨日?」

「貴方が誰かと入れ替わったって…いう馬鹿馬鹿しい話よ」

「ああ、それは」


本当なんだ。
そう言おうと口を開きかけたが、続く矢霧の言葉にかき消される。


「…まあ、またそんな事を言いだすようなら精神科に連れていくだけよ」




矢霧は「パソコン、確かに運んだわよ」とと言って部屋を出ていった。
部屋は再び静寂に包まれた。










続き


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