うん、予想はしてた。


予想はしてたし、まあ、そんな簡単に戻れるわけないよねーとは思ってたけど。
期待してなかったわけじゃない。
よくあるじゃんか、小説とかそういうので入れ替わりネタ。そういうの、1日寝たら戻るんじゃんか、なのに。


チュンチュンと小鳥が電信柱から朝を告げてくれる。太陽の光が差し込む清々しい朝の風景の中で、シズちゃんの身体の俺は涙さえ浮かべた。

俺の身体のシズちゃんはグースカ能天気に寝てる。殴ってやろうかとも思ったが、傷つくのは俺の身体なのでやめておく。

狭苦しいベッドから出て、かけてあったコートに手を伸ばして携帯の電源を入れる。メールに返信をして、ピザ屋の電話番号をダイヤルし、波江が出るのを待つ。ツーコール。


『もしもし』


仕事のパートナーが1日全く連絡しなかったにも関わらず、波江の声はいつもどおりで少し腹が立ったが、この女はそういう奴だ。弟以外に全くの無関心なのである。
しかしそんな冷血ブラコンのこの女だって、以前セルティの首というまあトンデモ物質を研究していた、研究者だ。
波江なら、シズちゃんと俺の中身が入れ替わるというこのトンデモ現象をなんとかしてくれるかもしれない。わずかな希望を波江に託すことにした俺は全てを話そうと波江に電話することにしたのだった。


「波江、あのさ」
『…怪我でもしたのかしら?声が変ね』
「波江って研究者だよね」
『元、ね。どうかしたの?』
「あのさ…もし俺と誰かの中身が入れ替わっちゃったら…直せるかな?」
『……』
「波江?」
『おかしいのは頭だったようね。ああ、元からかしら』
「違うんだってば!本当に…」
『私はあなたに押し付けられた仕事で忙しいの。寂しいのなら池袋のバーテンさんなら構ってくれるわよ、きっと』
「波江!待っ…」


ブチン、ツー、ツー、ツー。
絶望的だ。最後の砦も打ち砕かれて、俺は自棄になって携帯を放り投げた。ガチャン、という音で目が覚めたのか、シズちゃんがのそりと起き上がる。


「…あー……臨也?」

「…なに」

「………戻ってねえ…のか」


シズちゃんは上半身だけ起こして俺の姿を確認すると、ごろんと再びベッドに横たわる。時計を見ると七時半だった。テレビのチャンネルをいじくって、毎朝見ているニュース番組をつける。情報番組とは名ばかりの、放送時間の半分以上が芸能ニュースや占いや地方の特産品紹介などの番組。
たいした情報は得られないし、情報屋も営む自分にとってはテレビで報道されるレベルのニュースなどは起こる前から把握しているので、この番組を付ける意味は特に無い。しかし、実家ではいつも朝はこの番組だったせいか、一人暮らしをしてからもBGM代わりにこのチャンネルをつけていた。

天気予報をぼーっと見ながら冷蔵庫を開けて牛乳を飲む。
しまった、ついいつもの癖でパックのまま飲んじゃった。シズちゃんが直飲みする人なら死ねる。
とりあえず残り少なかったそれを飲み干して、冷蔵庫の中を物色したが、ビールや酒、おつまみくらいしか無く朝ご飯になるようなものは入っていなかった。


「シズちゃーん、朝ご飯何が良い?」

「…んー」


どうやらシズちゃんは寝起きが悪いらしい。ベッドでごろごろ転がる自分の身体はしばらく起きそうにない。仕方なくシズちゃんは放置することにして、俺は財布をひっつかんだ。
靴をはきながらボロいアパートの階段を降りると、シズちゃんの上司の田中トムがよっ、と手を挙げていた。


「今日は早えな」

「…えっと…」

「ん?行くぞ静雄」


そう言って歩きだす田中さん。そうか、俺は自由業みたいなものだから余り気にしてなかったが、シズちゃんは一応会社員なんだ。とにかく説明しなくてはならない。俺は田中さんを引き止め、全てを話した。



「…で、よくわかんないけど、俺、折原なんです」

「……あー…よくわかんないけど、まあ、静雄がそんな演技するとも思えないし…、信じるわ」

「どーも」

「しっかし困ったな…今日は結構…なんていうかめんどくさい奴なんだよ…ちょっと静雄呼んできてくれねえか」

「…はーい」


まあ、悪いのはこちらだ。めんどくさいとは思いながらも優しい俺は一度降りた階段を再び上がり、寝呆け眼のシズちゃんをひっつかんで運ぶ。わあ、シズちゃんの身体ってすごい便利。


「あ、トムさん。おはようございます」


ごしごしと目を擦りながら挨拶する俺の姿のシズちゃんを見て、田中さんは小さくふう、とため息をついてシズちゃんとなんやら話しだした。


「…なんかすごい事情があることはわかった。…だけどな、今日、あいつの取り立てだろ…?」

「…あー…そっすね…」

「俺としては…静雄に…付いてきて欲しい訳よ」

「あー…そっすね…」


声を押さえているようだが普通に聞こえる二人の会話。シズちゃんも田中さんもすごく困った顔をしていた。あいつ、というのがどんな奴かは知らないが、とにかくシズちゃんーの身体に付いてきて欲しいのだろう。仕方ない。


「俺、ついてこっか?力になれるかわかんないけど」

「…いいのか?」

「うーん。こんな事態だからね。シズちゃんに恩を売っておくのも悪くないかなって思って」



話は決まった。

バーテン服を着ようとする俺の身体のシズちゃんを止めていつものファーつきコートを着せる。
俺は憎い憎いと思っていたバーテン服を着て、シズちゃんと田中さんとお仕事をする事になった。










続き


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