「…あのね、僕は今日セルティと二人っきりで久しぶりの休みを満喫しているんだ。君たちのくだらない冗談に付き合ってる暇はないんだよ、ごめんね」 門前払い。 正確には、新羅はインターホンすら出なかったため、シズちゃんの身体の俺がドアをべりっと、引っ張って取り外すというより引き剥がすようにして上がり込み、リビングに踏み込んでいって状況を説明した訳なのだが。 「ちょっと新羅!冗談で俺がシズちゃんなんかとこんなアホみたいなことすると思うの!?」 「そーだ、冗談でもノミ蟲なんぞとつるむかよ!」 ここで食い下がれるか、と二人で新羅の肩を掴んで揺すぶってみるものの、新羅は酔ったのか、うっぷ、と嘔吐するような声をもらしただけだった。 『新羅、信じられない事だがおそらく本当なんだろう。静雄がこんなことをするとは思えない。なんとかならないかな』 運び屋ーセルティがいつも見慣れたPDAでなくパソコンに打ち込んだ文字をチラと見る。俺が、とは言わないのがすこし癇に触ったが、何はともあれ、味方してくれているのには違いない。ありがたいことだ。こいつの言うことなら新羅だって聞くに違いない。 「新羅、ほら運び屋もこう言ってるじゃん。はやくはやく治して、一刻もはやく。金は言い値でいいよ、だから俺から先にお願い。もう俺限界。ノイローゼになりそう」 「うーん……えーっと、こっちが臨也だよね?」 「うん」 「…まあ冗談じゃないとは僕も思うし、なんとかしてあげたいけど、残念ながら僕には全く治し方がわからないよ」 軽く、あは、と笑いお手上げ、と言わんばかりに両手を広げる。 死刑宣告にも似た新羅の発言は俺とシズちゃんを固まらせるには充分すぎるものだった。 難病、どころかおそらく前例などないことだろう、とはわかっていたが、心のどこかで新羅なら…と若干重すぎる期待をしていたため、俺は全ての希望を断たれた気がして、思わずその場にへたりこんだ。あまりの絶望にため息をつく気にもなれなくて俺の身体に目をやると、シズちゃんは俺の頭を思い切り掻いている。頭皮が傷付くのでやめてほしいが、今はそんな事を気にしている場合ではない。 「…どうしよう…もう俺外に出られない…新羅、俺たちここに住む」 ぽつり、とつぶやくとセルティはガタンと椅子を蹴るようにして立ち上がった。パソコンに文字を打つ程度の余裕があれば、きっと『!?』などの文字が画面に浮かんでいただろう。 そんなセルティの様子を見て、新羅がまるでセルティを背で守るようにして立ち上がった。 「ちょっとちょっと静…臨也、困るよ。ここはセルティと僕の愛の巣なんだから」 「…だって、シズちゃんが俺の身体をちゃんと管理できると思う?絶対無理でしょ。外に出たらたぶん殺し屋とか来て俺刺されて、俺の身体、死んじゃうもん。シズちゃんが死んでくれるのは全然構わないんだけどね、いっこうに構わないんだけどね。まだやりたいこといっぱいあるけど、シズちゃんの身体で生きていくとかやだ。っていうかもう、シズちゃんが俺の中にいるとか無理すぎるんだけど」 「…あァ?こちとら手前のクソみたいな身体でも何も言わずにいてやってたのによ!言わせてもらうとなぁ、手前の身体なんでこんなにホイホイ腹痛くなんだよ。くそ、痛ぇ、ああ頭も痛ぇ」 珍しく黙っていたと思えば、腹痛に苦しんでいたらしい。苦痛に歪む俺の顔を見るときりりと胸が痛んだが、苦しんでいるのはシズちゃんなのでまあいいかと思うことにした。 「俺の身体は繊細なの!シズちゃんと違ってデリケートなの!」 「んだと、俺だってなぁ…」 『あのさ、』 セルティがやいやい言い争っている俺たちの間に割り入ってきて、いつものPDAに文字を打ち込む。 『とりあえず、静雄の家にいけばいいんじゃないかな?ここから近いし、送っていくよ。』 文字から、『帰ってほしい』という感情が滲み出ている。言葉、いや、文字にこそしないが、おそらくシズちゃんはともかく俺と住むのがかなり嫌なんだろう。シズちゃんもそれを充分わかっているようで、俺はしぶしぶ、シズちゃんはおとなしく、セルティのバイクにつけられたサイドカーに乗り込んだ。 「おかえり、セルティ。お疲れ様」 玄関で待っていた僕が両手を広げて抱擁の姿勢をとるが、セルティは軽く無視してPDAに文字を打ち込んだ。きっと恥ずかしがっているんだな、すごく素敵だ。 『ただいま』 『二人は相変わらずだったよ』 「うん…どうやら本当に本当みたいだね…医者としては全然信じられないけど」 スリッパの音を響かせて、リビングへ歩く。ソファーに腰掛けたセルティはすこし淋しそうだ。 「どうかしたの?」 『静雄に悪い事したかな』 「そうかな?」 『冷たかったかもしれない。もう本当の静雄に会えないかもしれないのに』 本当の静雄、というのは身体も中身も静雄、という意味なのだろう。セルティは臨也をあまり快く思っていないようだったから、きっと中身は静雄とわかっていても外見が臨也という事になると勝手が違ってくるだろう。セルティはひどく悔やんでいるようだった。 「大丈夫だよ。きっと寝て起きたら戻ってるよ」 『そうだといいけど』 「大丈夫、僕がなんとかするよ。さ、セルティ。ゲームでもしよう」 『新羅、静雄を頼んだぞ』 ゲーム機をセットしながら、僕は愛しい恋人の不安を消し去る為になんとかして二人を治してやろうと思った。 …しかし、静雄の声で、もん、とか、なの!などと言う臨也はひどく気持ち悪かったなあ。 続き |