空が真っ黒に塗り潰され、日付なんてとっくのとうに変わってしまった、そんな真夜中。
しんと静まった室内に、ガチャガチャと鍵穴が回る音が響いた。暖かい布団の中で眠りの底に沈んでいたはずの意識は釣り棹に引っ掛かった魚のように急上昇する。

あいつが来た。

合鍵はひとつしかないし、一人にしか渡してないから、誰が来たのかおのずと分かってしまう。毎回扉を壊されるのは堪らないという理由で渡した鍵だったが、こうして鍵が開く音で目が覚めてしまうのは嫌でたまらない。あいつが寝室に来るのを待ってるみたいで、女々しくてウザイ。

バタン。

そんなことを考えていてもあいつに伝わるはずもなく、あいつは玄関の扉を開き、靴を乱暴に脱ぎ捨て、足音を響かせながら階段を上がってくる。近づいてくる音が次第に大きくなってきて、とうとう寝室の扉が開く音がした。耳を冷たい風が撫でる。

「……おい」

扉がゆっくりと閉まり、足音がベッドに近づく。
きっと今、あいつは扉に背を向けた俺と対峙しているのだろう。

「臨也?」

背骨を揺さ振る低音。

「……寝てんのか?」

シズちゃんの低い声は、ともすれば消えてしまいそうだった。

泡みたいにパチンと弾けるそれでなく、例えるならば、煙。空気をたゆたって、霞んで消える煙のようだった。そんな儚い声だから、消える前にと手を伸ばしてしまう。




「…………起きた」

寝たふりを決め込むはずだったのに、と後悔するのはいつも遅い。
シズちゃんは、あんな声を出したくせに、まるで興味のないような淡白な声で「そうか」と言ってベッドに腰掛けた。ずしり、彼の体重の分だけマットレスが沈む。そのまま倒れこむようにベッドに身を委ね、俺を包んでいた布団を掴んだ。

「、ちょっ…」

「寒いだろ」と抗議の声をあげる間もなく、暖かな布団は引き剥がされて足の方へと追いやられる。先ほどまで俺に温もりを与えてくれていたそれは、今では足元でちいさく縮こまってしまっているだけだ。
シズちゃんは俺に覆いかぶさり、寝間着代わりのスウェットを捲り上げた。肌に触れる、骨張ってゴツゴツしている彼の手は、まるで氷にさらしたかのように冷たい。

「……手、冷たい、っ」
「……あー……」

俺の腹にのっかったまま、シズちゃんがまるで何かを確かめるかのように手を握ったり開いたりを繰り返す。その隙にと俺は首まで上がったスウェットを一気に引きおろし、腹筋に力を入れて起き上がろうとした。しかし七割方起き上がったところで、先ほどまで開閉を繰り返していた手が伸び、俺の体は再びマットレスにぼすんと沈み込む。

「っ、おい」
「……まァ、そのうち慣れんだろ」

シズちゃんは無感情にそれだけ呟いて、抵抗しようと伸ばした両手をガシリと掴み、俺の頭上に持ち上げて一まとめにする。きれいに並んだ歯がスウェットの裾を挟んで、再び俺は冷気に肌を晒した。
わずかにかかる荒い息だけがほのかに温かく、寒い部屋で白く色づいたそれは煙のようにも見える。
寒い、と思わず洩らした呟きを「我慢しろ」の一言で一蹴し、膨らみもない俺の胸に冷たい手を這わせてクニクニと押しつぶした。寒さのあまりに尖る乳首に唇を寄せて吸い上げられ、背中がぞわぞわとあわだつ。

「ぅ、んっ」

悶える俺を鼻で笑いながら、ビクンと勢い良くはね上がった俺の腰の隙間に手を差し入れてズボンとパンツを腿まで下ろし、あらわになった後孔に手をのばす。ぴっちり閉ざされたそこを二、三度、指の腹でなぞるように撫でると満足そうに笑った。肩を震わせる俺を尻目に、シズちゃんはニヤニヤと笑いながら胸に伸ばしていた手を股のほうに持っていく。

「ッあ」

喉が震え、上ずった声が勝手に洩れ出す。
軽く引っ掻くようにクリクリと玉を弄られ、熱が中心に集まってくるのがわかった。晒された肌はどこも寒く冷たいのに、そこだけが熱をもっている。あつい。
ゆるゆると勃ちあがりかけている自身を視界や脳内から消すようにつよく目を閉じれば、代わりと言わんばかりの両耳がさっきまで気にならなかった音を拾った。

「あっ、ん…っ」

クチュクチュといやらしい水音をたてながら、先端から溢れ出た先走りを塗りこめるように五本の指が俺の陰茎に絡みつく。ただ単にシズちゃんを相手に抵抗のしようが無いからなのだが、されるがままになっている俺にいい気になったシズちゃんは戒めていた俺の両手を解放し、あろうことか自分のバックルをガチャガチャやりはじめた。

「ちょっ、シズちゃん」
「挿れるぞ」
「ふざけ……っうわ、ちょっ……」

ズルッと曝け出されたシズちゃんの陰茎はすっかり上を向いて猛り切っていた。
なんともグロテスクなそれは何度となく見、受け入れてきたモノだが、こうして目の前でまざまざと見せつけられると目を逸らしたくもなるものだ。自由を取り戻した腕で顔を覆う。

「ま、まだ無理だって!そんなの、慣らしてないのに入るわけないじゃん…っ」
「あ?何でも入れりゃ入るだろ」
「無理!無理、無理だってば」

あんなものを無理矢理挿れられるわけにはいかない。むちゃくちゃに手を上下させて精一杯の抵抗を見せれば、シズちゃんはチッと舌打ちを響かせ、前を寛げたままにズボンのポケットに手を入れた。

「……じゃあ自分で解せ」

なげやりにそう言った後、ポケットから取り出されたのは、ローションの入った小さなプラスチックのボトル。
持ち歩いてる訳ではないと思うけど、こうやってセックスする時にはいつも準備しておいてくれる。俺の体を気遣ってくれてるのかななんて自惚れてはない。ただ単に、ローションがあるほうが挿れるのが楽だからだろう。

「おら、早くしろ」
「……最低」

無造作に投げられた小さな容器をキャッチしてそう呟けば、シズちゃんは眉毛をぴくりと動かして「やるなら早くやれ」と急かした。









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