顔を見せたくないから正面は向きたくないし、手のひらに垂らしたローションを自分のケツの穴に塗り付けて指で押し開いてるところなんか、絶対に見られたくない。

シズちゃんに横顔を見せる体勢になりながら、冷たくどろりとした液体を手のひらに垂らし、中指と人差し指にたっぷりと塗り付けて恐る恐る後ろに手を這わす。ローションの滑りを借りてゆっくりと指を押し入れてみるが、快楽なんかは欠片もない。俺の感覚を支配したのは、ただの異物感だった。

「んっ、ん……」
「…………遅え」
「…っ、うるさい…っあんま、見るなよ…」

ジロジロと舐めるように見つめる視線に堪えかねて吐いた台詞は沈黙で返される。無言で見つめるふたつの目。恥ずかしいやらなんやらで顔が、全身が熱をもつ。

体勢を変えようとも思ったが、これよりましな体勢は思いつかないし、シズちゃんの視界から逃れれば、取っ捕まえられて無理矢理挿れられるだろう。

「……んっ…んん」

かといって、これ以上羞恥に耐えるのは無理だ。


「んんん……ん、はぁ、」

指をゆっくりと抜けば、早く続きをやれと急かすように「もう終わりか」とシズちゃんの声が降る。
熱の集まったそこは、まだ指がギリギリ二本入るようになった程度。これで終わりにしてしまう訳にはいかない、のだが。

「まだだけど……」
「あん?」
「…もう、やだ」

俺は、他人が見ている前で自分の尻に指を突っ込んでいる様子を見られて平気な、そんな特異な人種ではない。

なんとなく気まずくてシズちゃんと目を合わせられず、足元でクシャクシャになった布団を見る。しばらく痛い沈黙が流れたあと、シズちゃんは独り言のようにぽつりと「わかった」と呟いて言った。

「なら、挿れる」

「えっ!?ちょ、」
「うるせえ、暴れんな」
「まって、や、やだ、っひ」

背後から脇の下に両手を差し入れ、まるで羽交い締めにするかのように抱き締められてグイと引き寄せられる。一瞬の間に、俺の体はシズちゃんの膝の上に乗せられていた。
むき出しの尻にあたる、硬くてあついモノ。逃げろと脳が警鐘を鳴らすが、シズちゃんのこの力で抱え込まれては身動きの一つもとれたもんじゃない。
そうしている間に、シズちゃんは上を向いた陰茎をローションのしたたる穴にピタリと合わせた。

思わず息を飲む。

シズちゃんは座ったまま、ふぅと小さく息を吐いて、それから、俺の腰を軽く持ち上げ、一気に打ち下ろした。

「ーーーッ、!」
「ッく……」

声にならない悲鳴が喉を駆け抜ける。真っ暗になった視界にチカチカと星が飛ぶ。目を見開いて歯を食い縛って、ようやく「痛い」ということがわかった。

「ッ、ぅあァ、い…ッ」

ミチリと肉が裂ける音さえ聞こえる気がした。ねじ込むように亀頭を埋め込み、グリグリと抉るように穿つ。
無駄にある長さがようやく全て飲み込まれると、シズちゃんは俺の腰を掴んで少しだけ持ち上げた。せっかく埋めたのになどと名残を惜しむ暇はない。このままでは、再びあの痛みを味わうことになる。

「まっ…、まって…まだ、うごか、ないで…っ」
「待てねえ」
「や、やだ、やめてよ、シズちゃん、ねえ、ねえってば!」

ズプリ。

必死の叫びに返答したのは、いやな水音だった。

「ぅ、」

痛みに悶える暇も与えず挿抜を繰り返し、まるで焼けた杭のようなシズちゃんの陰茎が内奥を掘削する。

「あ、っあう、っァ、アッ、あ、いっ…っ、ふ、あ」
「うるせえ」

麻痺して痛みに慣れると、今度は呼吸が荒くなる。
意味のなさない声が口から勝手に溢れ零れるたび、シズちゃんは煩いだの黙れだのと言って腰をつよく打ち付けた。

「ぁ、ああ、あっ、あっ」
「、うるせえ」
「だ、だって、あ、ああ、あ」

塞いでしまおうと口に手をあててみるものの、力が入らなくてすぐにだらりと垂れ下がってしまう。

「あ、む、むぁっ、あーーっ、ぁあ、ふぁ、」

シズちゃんは何度目かの舌打ちを響かせ、いったん律動を停止して俺の片脚を掴んだ。

「っ、あ」

壁を背に座り、繋がったまま、俺の体はいきおいよくぐるりと半回転する。さっきまで背中にあったはずの不機嫌そうなシズちゃんの顔が、鼻さえくっつきそうな距離にまで近づいた。

「ぁふ、あ」
「うっせえっつってんだろ」


ぶっきらぼうなその言葉の後、塞がれる口。シズちゃんの手は俺の腰に添えられている。俺の口を塞いだのは、シズちゃんの口だった。


「、ん゛」



呼吸が、できない。



どうにかして逃れようと顔を背けつつ身を捩るが、腰にまわされた手ががっしりとホールドしているため、結合を深めるのみに終わる。

「んっん、むー、っ」

キスするのは初めてじゃないのに、呼吸の仕方がわからない。

「ん、ん゛ん゛…っ」

ここに来る前にタバコを吸ったのだろうか、絡み付いてくる舌がひどく苦い。メンソールを染み込ませるように蠢く舌が、どんどん酸素を奪っていく。

「ん、ん゛ー、んっ……ん、」

視界がぶわわとぼやけて、シズちゃんの金髪が溶けて滲んだ。
ゆっくりと、勝手に瞳が閉じていく。涙の薄い膜が睫毛に押しつぶされ、ぽたりと頬に伝った。










「ぷはッ、」
「ッ……締めすぎ、んだよ…っ」

いつの間にか、唇を塞いでいた蓋が開いていた。パクパクと魚のように口を、気管を開くたびに送り込まれる酸素。咳き込む俺を尻目に休みなく往復する陰茎ははち切れそうなほどに膨らんでいた。

「げほ、ぁ、はぁ、あーー、」
「出す、ぞ」
「ーーあっ、ふぁ、あっ、あ、あふっ、」

ビュクビュクと勢いよく吐き出された液体が管を通っていく。
後ろに出されてイけるほど器用ではない俺にとっては、その感覚は不快でしかなかったが、気持ちとは裏腹に、内壁は先ほど酸素を求めた俺のようにヒクヒクと震えだした。

「はぁ…はぁ…ひ、いぁっ!?」

離すものかと絡みつく内壁とは対照的に、シズちゃんは物惜しみでもするかのように素早く、精を吐き出しきったソレを抜き取る。
サイドテーブルに置かれたティッシュを二、三枚引きちぎり、いくらか小さくなった陰茎に付いた残滓を乱暴に拭き取った。

「……どこ、いくの」

用済みのティッシュをゴミ箱に投げ入れながらジッパーを上げ、脱ぎ散らかされた衣服の小山からベストを取出して羽織る。応える声は、ない。

「……帰るの?」

歪んだ蝶ネクタイを付けなおして軽く髪を撫で付け、ポケットからタバコを一本取り出してくわえると、そのまま扉の方へ歩いていった。応える声はまだ、ない。

「……なんとか言えよ」

百均のライターがカチリと小さな音を立てた気もしたが、無機質に閉まった扉の音にかき消される。

「……ねえ」

しん、と静まった部屋には俺ひとりだけで、いくら問い掛けても返ってくる声はない。僅かに残るタバコの臭いだけが鼻についた。
目には見えないそれをすうと吸い込んで、漏れ出てしまわないよう、手でしっかりと口を塞ぐ。消えてしまうくらいなら、息ができなくなってしまう方が、まだ。








呼吸困難


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