ヴァローナ→静雄←臨也







「あー……しくじっちまった」

ピピピと電子音を響かせる携帯のアラームを停止し、俺は独りごちた。
今日は平日だが、仕事は休みだ。にもかかわらず曜日を指定した設定をしている事をすっかり忘れていた俺は、出勤に間に合う時間にけたたましく鳴り響いたアラーム音で目を覚ますこととなった。
本来ならば出勤日であった今日が、急に休みになったのには理由がある。
社長が出張に行くらしく、その間事務の仕事を任されてしまったトムさんが俺と組めないからだ。
俺はトムさん以外の同僚とは組んだ事が無い。みんな口には出さないが、組む事になるときっと嫌がるだろう。俺とヴァローナで行ってもよかったのだが、まだ新人といえるヴァローナと俺だけで行かせるのにはいささか不安があるらしいトムさんが、「今日は休みにしてくんねえか、社長に言って、給料出してもらうから」と、申し訳無さそうに手を合わせたのだ。従わない理由はない。ありがたく有給をいただいたのだが――

「……目ェ、冴えちまったな」

ぼりぼりと頭を掻く。二度寝してもよかったが、あいにく眠気はどこかへ行ってしまったようだ。俺は出勤して何かしらトムさんの手伝いでもしよう、と、カッターシャツに袖を通した。


***


「…くせえ」

きな臭い。
何とも言えないが、まるで火事でもあったかのような臭いに顔をしかめつつ、会社へと歩く。悪臭に耐え切れずタバコをくわえ、火をつけようとライターを取り出すと、ふいに後ろから俺を呼ぶ声がした。

「静雄先輩。凄まじい殺気を感知します。気分が疲弊していると考察します」
「…お前今日休みなんじゃなかったのか?」
「肯定に近似する言葉を発言します。しかしながら、今私が出勤している事は事実だと確信します」
相変わらず意味のわからない日本語を使うが、もう慣れてしまった。まるで翻訳機にかけたように直訳的ではあるが、言わんとする事はわかる。

「そうか」

適当に相づちをうち、小走りで俺に追い付いたヴァローナと歩きだす。出勤と言っていたので、ヴァローナの目的地も会社であるに違いない。
たわいもない話をしながら歩き慣れた道を踏む。気のせいか、きな臭さが増しているような気がした。たまらず隣を歩くヴァローナに問い掛ける。

「…なあ、なんか臭くねえか?」
「…なにかという部位について詳しく説明する事を希望します。臭い、たくさんの意味を所有します」
「なんつうか…焦げ臭えっつうか…」
「焼失に値する臭気を感知できません」

はっきりと言うヴァローナの言葉はおよそ正しいだろう。殺気なんて目に見えないものを感知できるヴァローナがきな臭さを感じられない訳が無い。

ならば、理由は一つだ。

―…あンのクソ野郎。

俺は目前に迫った会社のドアを乱暴に蹴り倒した。
ぎろりと視線を巡らせるが、怯えた表情の同僚以外見当たらない。奥の応接室に近づくと、予想した通りの声と、聞きなれた声が錯綜して鼓膜を震わせる。

「……っつってもなあ。うちの…問題…、社長の…いない間は」
「……いつものことですし、俺が原因でも…」

臨也だ。

その名前が脳裏に思い浮かんだ瞬間、まるで蛇口をひねったかのように怒りが沸き上がる。乱暴にドアを開いた。

「いいいざああやあああ!手前、何しに……なっ!?」

そこには臨也がいた。
トムさんがいた。
そこまでは予想と何ら変わりのないことだったが、その間には予想だにしなかったものがあった。銀色のジュラルミンケース一杯の札束。俺は思わず息を飲んだ。

「しっ静雄?!お前、今日休むんじゃ……」
「何……してやがる…臨也…」
「やだなあシズちゃん、何もしてないよ?」
「…じゃあこの金は何だよ、あぁ?手前トムさんに変な事してんじゃねえぞ!」

臨也は相変わらずの憎たらしい顔つきをして、わざとらしいため息をもらした。

「別に、君のお気に入りの先輩に危害を加えようとかいうんじゃないから安心しなよ。たまたま今日、社長さんが居なかっただけだから話してただけ…シズちゃんが来ちゃったんなら仕方ないや。また日を改めますと社長さんに伝えておいてください」
「だから!何なんだっつってんだよこの金はよぉ!」
「…うるさいなあ。耳元でギャーギャー騒がないでくれない?シズちゃんには関係のないことだよ」

臨也はそう言い、椅子に掛けたコートを羽織りながら立ち上がる。逃がしてたまるかよ。俺は近くにあったコピー機をゆっくりと持ち上げた。照準をその癪にさわる顔に合わせる。グッチャグチャになっちまえ。

「…ああ、どうしても言わねえってんなら……ここで手前を殺してやってもいいんだぜ」
「あは、俺まだ死にたくないよ」
「手前の…あの金は何なのか……ちゃんと言えばちょっとは寿命も延びるんじゃねえかあ」
「それは嫌だなあ!俺はもっと人生を楽しみたいから……ここは逃げるとするよ!」

俊足。
高校時代、体育の時間などをまともに参加していなかった臨也のタイムは知る由も無かったが、臨也の足おそらくかなり速いだろう。

―だがよお、動けなくなりゃどんな足が速くても関係ねえよなあ!

「待ちやがれ!いいいざああやああ!!」

俺はコピー機を振り回し、臨也の後を追った。




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