―現在 新宿某所

結局、差し出された手は掴む事は無かったが、人気の無いビルの階段を軽やかな足取りで上る臨也の後に続く。

「しっかし、波江さんは何を考えてたんだろうねえ」

屋上のフェンスにもたれかかり、夜風に髪を遊ばせながらつぶやく。俺の金髪は、ここ数日の臨也のシャンプーテクニックによって見違えるようになった。跳ね放題痛み放題だったそれは、今やさらさらと風に流れるようにさえなったのだ。
臨也は見慣れたバーテン服に着替えており、それは暗に逃亡生活の終わりを告げていた。

「あの女はどうなったんだ?」
「シズちゃんには関係ないよ」

間髪を入れずに答え、にこ、と気持ち悪く―顔の持ち主である俺が言うのも何だが―笑む。
まさか殺したのか。臨也の言葉がひっかかった俺が顔をしかめると、臨也は対照的にからからと笑った。

「…やだあ、そんな怖い顔しないでよ。殺されるのはもちろん勘弁だけど、優秀な助手を失うのは嫌だからねえ。張間美香―ニット帽を被った女の子が来ただろう?彼女がうまくやってくれてれば、大丈夫。しばらく波江さんは俺達を追わないよ」
「そいつに何をさせた?」
「……いくら彼女が力を持っていても、一人で誠二君を守ることは難しい。あの波江さんも数には勝てなかったようにね。…彼女も、初めは渋ったよ。この作戦には誠二君の協力が必至だからねえ。まあ、彼女にとっては波江さんは邪魔な存在だろうけど、そこに誠二君にとってのプラスがあるなら別ということさ」
「…脅したのか」
「アハハ、お願いだよ。それに、これはシズちゃんのための作戦なんだよ?何を今更、きれいごとなんか言ってるのさ」
「手前は、手前の体の為に動いただけだろうが」
「そうだね。けどさ。今俺たちは忌々しい事に運命共同体なんだよ。俺が今回やった事は、シズちゃんの為でもあり俺の為でもある。自分だけ助かる、自分だけがいい思いをするなんて選択肢はないのさ」

確かに、臨也の立てた「作戦」とやらは結果的に俺を助けた。だが俺達の問題に、関係のない奴に迷惑をかけたことは確かだ。

「……手前のやり方は気に入らねぇ」

つい口をついて出た言葉に、臨也はわざとらしく、外国人がやるように両手を広げて首をかしげ、ため息と一緒に吐き出すように「心外だなあ」と言った。

「これしか方法はないのさ。仕方ないだろ?波江さんの動きを止めるには誠二君、誠二君を動かすには美香ちゃんの協力が必要だし―…そう、美香ちゃんと、君を助け出してくれた正臣君は、俺のマンションを既に知っている数少ない人間だ。俺だって、こんなくだらない事で簡単に住所をバラしたくなんかないしね。ああ、ダラーズのサイトをハッキングしてデタラメな情報を打ち込んでくれた人なんかもいるよ。…帝人君でも良かったんだけど、最近の彼にはちょっと、あまり弱味を握られたくなくてね」

ペラペラと、まるで自分の功績のように得意気に話す臨也に虫酸が走る。
こいつは分かってない。

「アイツは、波江っつう奴は、俺を殺そうとはしなかった」

そう、波江は、俺を殺そうとしなかったのだ。
ここまでする必要はなかった。関係のない奴らを巻き込む必要なんて、どこにもなかったのだ。
臨也は俺の言葉に目をまるくして、呆れたように笑いながら俺の腕を掴んだ。ぎしり、と骨が軋む。力をこめているという訳でもなさそうなので、俺の膂力がいたずらに働くということは、俺の言葉はどうやら臨也の癇に触ってしまったらしい。

「ハァ?何言ってんの。じゃあこの跡は縛られたものじゃないとでも言うわけ」
「縛られては…いたけどよ、アイツは」
「…あのさあ。シズちゃん、俺と波江さんがどれだけの時間一緒にいたと思ってるのさ。彼女の思考パターンくらいは大体わかるよ」
「手前はわかってねぇよ!」
「わかってる」
「わかってねえ!」
「…わかってないのはシズちゃんだよ!」

がしゃん。
派手な音を立てて、フェンスだったものが地上に落ちた。臨也が殴り飛ばした事は一目瞭然だったが、臨也がものにあたるというのは俺の知っているかぎりひどく珍しい事で、俺は思わず言葉を失った。
臨也は乱れた呼吸を直すように深くため息を吐き、静かに俺に背を向けた。

「…さっき、新羅から連絡があった。森厳さん―…新羅の父親が来てるらしい。彼なら何かわかるかもしれない」

ぽつり、というように呟かれた臨也の声は、先ほどとは一転して一切の感情が無いように思えた。
いつも飄々として、何を言われてものらりくらりと躱す臨也には考えられない事だった。
何かがおかしい。
俺はなんとなく戸惑いながらも、人三人分ほどの間隔を空けて臨也の後に続いた。









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