この前、街について語ってばかりいると嫌われるぞ、とありがたくも知人に諫言を頂いたので、今回は趣向を変えて、そんな街を通り抜ける時間というものについて話をしてみよう。
時間というものは平等だ。
早く過ぎろと乞い願う者にも、いつまでも続けと切望する者にも、一定のスピードで過ぎるものだ。
時間というものは残酷なまでに平等だ。
どういうわけだか入れ替わってしまった犬猿の二人の間にも、二人を取り巻く人々の間にも、ゆっくり、ゆっくりと、時は過ぎる。
時間というものは――
ああ、噂をすればなんとやら、知人からメールが来たようだ。










池袋某所 マンション前

奈倉からメールが届いた。
珍しい。最近では全くと言っていいほど連絡が無かったのに。
まあ、私が「奈倉=甘楽=折原臨也」だと気付いていると知らなければ連絡の必要など、事件が片付いた今となっては必要無いのだろうが。折原臨也からのメールは非常にシンプルだった。
「頼みたい事がある」。この一行だ。
彼にしてはシンプルすぎる。いつもは、こちらに、どういう理由でこういう利点があるから、このように動け、と明確に表し、「別に断ってもいいけれど」という雰囲気を醸し出す、なんとも飄々としている文面のものであったが、今回は―…
パタン、と携帯を閉じて、ゆっくりと思考を巡らせる。おそらくは何の打算もなく、頼ってきた折原臨也をどうするべきか…。

ひたすら思索にふける私を現実へ引き戻したのは、愛する愛する愛する愛する愛する誠二のものだった。

「美香?」
「あっ、誠二!おはよう!」
「珍しいな、美香がぼーっとしてるなんて」
「そうかな!?今日もかっこいいね誠二!」
「ああ、ありがとう。今日はどこに行く?」
「私は誠二が行きたい所なら―…」

どこでもいいよ。
そう言おうとして、咄嗟にそれを飲み込んだ。折原臨也は、あまりにも私達に近い。あいつが取り繕う余裕もない程に追い詰められているとなると、愛する誠二にも迷惑がかかりかねない。それは、いけない。

「…ごめんなさい。ちょっと友達が…倒れたって、メールが来て」
「そうか…じゃあしょうがないな。また明日な、美香」
「うん、ごめんね!ありがとう、大好き!また明日!」

早口で謝罪と感謝と愛情の、三種の感情を伝えて携帯を握り走りだす。折原臨也を助けに行く訳じゃない。誠二を守るために、私たちの愛を守るために動くんだ。

それにしてもあいつがここまで焦るなんて、もしかしてあの噂は本当だったのだろうか…?










都内某所 アパート内

「助けに、いかないの?」
「…沙樹」

臨也さんからのメール。硬直した俺にもたれかかるようにじゃれてきた沙樹にそれを読まれてしまった。いくつかのアドレスへ一斉送信されたのだろう文面は、いつもの余裕など微塵も感じられないくらいに思えた。

「臨也さんが短文なんて、珍しいね」
「…そうだな」
「いつも1000文字は軽く超えてるのにね」
「…ああ」
「…何か、あったのかな。チャットにもあんまり来ないんでしょ」
「元気だって言ってたし、何も」
「何もないなんて、そんなこと思ってない癖に」
「なっ…」
「ねえ正臣、臨也さんを助けてあげて」

柔らかく笑いながら、ゆっくりと、だが確実に沙樹の言葉が俺の背中を押す。

「正臣が助けてあげないと、多分臨也さん、誰からも助けてもらえないだろうから…ふふ」
「…まあ、それはそうだろうけど」
「…正臣、」

私の代わりに、お願い。

そう言われてしまえば、未だ後ろめたさの塊を心中に持つ俺にはもはや拒否権などという甘えたものは存在しえないのだが、沙樹はそんな事は絶対に言わないだろう。
微笑みを浮かべつつもどこか寂しげな表情の沙樹に、彼女の名前の由来でもある儚く散ってしまう樹を思い浮かべながら、俺は、メールに「わかった」とだけ打ち込んだ。
あくまでも沙樹の為で、俺の為だ。








次々に返信されてくる色好い返事に、臨也は顔を―静雄の顔を綻ばせた。
―なんだ、やっぱり皆、なんだかんだいっても俺を心配してくれているんじゃないか!
と心中で叫びながらクックッと喉で笑い、詳しい行動の指示を素早く打ち込む彼は、全てを知る俺―九十九屋真一から言わせて頂くと、どうしようもなく哀れだ、と思う。









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