チュンチュン、と小鳥がさえずる中、リューナは未だ夢の中にいた。
遊星の腕枕が心地よくて、目覚められないでいる。が、それでも段々と覚醒に近付いていく。
意識が浮上してくる中、リューナが最初に思ったのは「寒い」ということだった。
そうして薄目を開けて、自分がベッドから落ちるぎりぎりの端にいることを知る。
背中の方が何やら暖かくて、寝返りのついでにそちらを向く。彼の腕に配慮しつつ移動すると、そこには遊星の胸板があって、そこに顔を埋めた。
「ん…」
暖かくて、いつも嗅いでいる匂い。
頬ずりするほどの安心感があって、また意識を手放しそうになる。
が、一つの懸念が彼女を襲って、リューナはバ、と顔を上げた。


予想通りというかなんというか。
そこには微笑んで自分を見つめている遊星の顔が。
いつから起きていたのかと聞きたかったが、それより早く彼の腕が彼女を包み込んだ。
「…むぐっ」
「寒いならそう言えば良い」
四方から彼の匂いが立ちこめて、それどころではない。
襲いかかる強力な睡魔と誘惑に必死に抗って、リューナは彼の腕から脱出する。
「…どうした」
「どうしたじゃないわ、起きないと」
「…今日の朝食当番はジャックだったと思うが」
「そうよ、彼の手伝いをしないと…」
彼が、料理がからっきし出来ないことは遊星も知っている。
トーストを焼けば焦げるし、目玉焼きは塩コショウのかけ過ぎで辛い。
たまに彼女がそっとベッドから抜け出して彼を助けるのは知っていた(もちろんその後遊星も起きていって手伝うのだが)が、今の遊星にとって、それは自分より優先するべきこととは考えられなかった。
「俺よりジャックの方がいいのか」
「…誤解を招くようなことを言わないでほしいのだけど…」
「たまには一人で頑張らせるのもいいだろう」
再びリューナを抱きすくめる。布団から出したらしい足のつま先は、すでに冷たくなっていた。
暖かい遊星の足に触れ、持ち主もそれを自覚する。
「…ほら、冷たいでしょう。放して」
「断る」
「貴方まで冷えるわ」
「冷えない」
俺が暖めるのだから、と、遊星は腕に込める力を強めた。
自分のありったけの体温を分けてやるという気持ちをこめたその行為は、次第にリューナを熱くさせていく。
つま先にも体温が戻ったことを確認すると、遊星は乱れた毛布と掛け布団を整え、再び横になった。
てっきりそのまま起きると思っていた彼女は意外そうな顔を向けるが、彼は気にしない。
リューナの頭の下に腕を通して後頭部に手を当て、二の腕の上から腕を背中に回し、そして足を逃げられないようにと絡める。
がっちり抱き締められたリューナに、逃げる術などない。
遊星の胸板から顔を離せなくなった彼女は、大人しく彼に身を委ねることにした。


が。
ノックがそれを阻む。おい、とジャックの声で呼びかけられると、遊星が何だと答えた。
「俺だが、飯が出来たぞ」
確かに何かいい匂いがする。今日は珍しく成功したらしい。
だが、遊星は起きる気は毛頭ない。
「…すまない、もう少し寝かせてくれ」
「どうした」
「眠いんだ。徹夜続きだったことは知ってるだろう」
「リューナは」
「寝かせてやらないか。昨日遅くまでデッキを弄っていたようだったから」
真実だが、別に起きても支障はない。
そう言おうと口を開くが、察した遊星に口をふさがれてしまい、リューナは何も言えなくなる。遊星が話す度、胸から振動が自分にも伝わって、それが不思議と睡魔の味方をした。
ジャックが、分かった、と言って階段を下りていく音が聞こえると、漸く遊星はリューナの口を解放する。
「…貴方、なんてことを…!」
「いいじゃないか、たまには俺とゆっくりするのも」
「…そうだけど、私は」
「俺がそうしたいんだ、リューナは気にしなくていい」
さらりと、そう言われて、リューナは言葉に詰まる。
ゆっくりしたいのは同意だが、それを全て遊星の所為にするわけにはいかない。
「貴方が全部背負いこむ必要はないと言ったはずよ」
「ああ、だが、リューナと一緒にいたいのは俺の我儘だからいいだろう」
「…私の我儘でもあるのだけど」
ぎゅう、と強く抱きこまれると、睡魔は完全にリューナを支配する。
瞼を閉じ、寝息が聞こえてくるまで、遊星はずっと彼女の背を優しく撫で続けた。





ガバッと跳ね起きる。
時計を見てみると、短針は10をさしていて、寝坊したことを知らせていた。
大慌てで身支度をするリューナを、遊星はベッドの中から見守る。
「…どうした」
「どうしたじゃないわ、寝過したの!」
本日二度目のそのやりとりだが、遊星は気にしない。
「何か約束でもしてたのか?」
「してないけど、そういう問題じゃないでしょう!」
リューナのおかげでここまで熟睡できるようになった遊星にとって、寝過すなどということは、もしかしたら人生初めてのことかもしれないのだが、それを彼女に伝える暇はなさそうだった。
睡眠とはいいものだったんだ、と噛みしめる彼に、衝撃的な言葉が投げかけられる。
「今日は私の半径30センチ以内に立ち入らないで」
「どうしてだ」
まさかそんなことを言われるとは思っておらず、遊星は飛び起きる。
「…貴方といると安心して、私が私じゃなくなるの」
顔を赤くしてそう言うリューナは、可愛いとしか形容できない。
「お前じゃなくなっても、俺は愛し続けるから問題ない」
「問題ないって………なら、責任取りなさいよ」
「ああ、必ず」
早速言いつけを破り、抱き締める遊星は、これ以上なく幸せそうだった。






無意識のゼロセンチ


(意識すると30センチ!)
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「リューナのおかげでここまで熟睡できるようになった遊星にとって〜」の部分は、遊戯王5D's短編「また頑張りすぎてる」を参照してください(宣伝)




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