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▼ その手にみちびかれて

 ぐいぐいと引っ張られて、応えることもせずにそっけなく振り払うのはそれでいいと思っていたからだ。
 周りはなんだかんだ言ったって歳上ばかりで、俺が表面でどんな風に振る舞おうとちゃんと好きなんだってことをわかってくれる。だから俺はそれに甘えていたし、周りもそれを許してくれてた。
 別にそれでいいと思っていたんだ。だって、あの人たち以外に、俺をわかって欲しい存在なんてなかったから。
 なのに。


「コシマエは、ワイのことが嫌いなん…?」


 違う、そうじゃない。否定したくたって、甘やかされ続けたくだらないプライドが咄嗟に口を塞ぐ。出た言葉は「別に」だ。
 「別に」好きじゃない。嫌いじゃない。ずるいなんて知ってる。臆病さとプライドがない交ぜになった結果の言葉のセレクトは最悪だった自覚はある。けれどもどうすることもできず、ワガママな俺の感情は、いつもいつも陳腐な願いを心の中でつぶやくだけで。

(気付いてほしい)









「あっつ…」


 乱雑に白い帽子を脱ぎ捨てて、川の淵に膝をつく。ばしゃり、音を立てて川の水を頭にかぶれば、火照った体が少しはマシになった気がした。


「コシマエ!」


 少しだけ、とその場に座って濡れた部分が冷えていく感覚を味わっていると、聞こえるはずのない声が聞こえた。


「…遠山?」


 聞こえるはずのない、というのは正確ではない。だって遠山も自分も、変わりなくこの合宿所にいるのだから。正確には、聞くわけがないと思っていた、だ。だって、あんなことがあった昨日の今日で、いつもの能天気な呼び声を聞くなんて思わなかった。


「なんやなんやコシマエ水浴びしたん?ワイも!」

「え、ちが…って、バカ!」


 止める間もなく思いっきり川に飛び込んだ遠山に、さっきまでの戸惑いも忘れて思わず頭を抱える。
 代えの服など持ってきてない状況で川に飛び込んでびしょぬれなんて、絶対怒られる。まだまだ今日もあの鬼コーチの特訓は続くのだから。


「しーらないっと」


 このままここにいたら自分まで巻き込まれてしまうかもしれない。普通に考えて自分はなにもやましいことはないが、あの理不尽なコーチは普通ではない。話を聞かなかったのが悪い、と走り出せば、ばしゃん、と背後で音がした。


「待ってや、コシマエ!」


 濡れた、冷たい手を振りほどこうとして思い止まった。いつもと同じじゃいけない。こいつには、大切なものは大切だと、伝えなければならないから。なのに。


「っあ、すまん…!」

「え…?」


 振りほどかれたのは、俺の方だった。そこだけ濡れた手首が冷たくて、やけに不愉快だ。


「コシマエ、嫌やったやろ?すまんなぁ」


 へらり、どこか物足りなく笑う様に苛立ちがつのる。
 なんで。原因なんてわかりきってるけど、それでも。


「ばーか。そろそろ気付け!」


 自分のスタンスをねじ曲げるのってすごくしんどいんだよ。でもそのしんどい思いをしてまで、その手を掴みたいのはお前だけなんだって、早く。


「え?コ、コシマエ?」

「なんだよ、遊ぶんじゃないの?」

「や、そのつもりやけど…」

「なら早く!」


 珍しくひんやりとした手を掴んで川へ向かって走り出す。そうすれば遠山はみるみるうちにスピードをあげて、俺の手を握ったまま川へ飛び込んだ。

 そう、その手だ。




その手にみちびかれて








遠山と越前へのお題:気付いてほしい/「ばーか。そろそろ気付け!」/その手にみちびかれて http://shindanmaker.com/122300


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