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▼ 存在をいつも確認する

 もくもくとテレビゲームに向かう後姿が、妙に遠くに見えた。身勝手だ。遠ざけるのは、いつもこちら側だというのに。こんなときばかりベッドの壁側と床ではなくて、隣に座って欲しいと願ってしまう。コントローラのコードは、ベッドの上まで届かないのに。

『え、うちも転勤族ですよ?』

 なんでもない事のように言われた言葉。桃城の部屋で見つけた小学校の卒業アルバムに含まれていた『鹿児島』という単語に疑問を投げて、それからいくつかの問答の末に当たり前のように言われた言葉。それになぜだかびっくりするくらい動揺してしまった。何とか繕ったけれど、なぜそこまで動揺したのか自分でもよくわからない。けれど、下手をしたら自分よりも洞察力に優れているはずの男は幸か不幸か気づいた様子もない。曲者がなんちゅー有様や、と思わないでもないけれど、幸いだとも思う。そうも簡単に見透かされては、氷帝の天才の名折れだ。

「なあ、桃城。」
「はい?」
「今度はいつ転勤するん?」
「親父ですか?よく知らないっすけど……もしかしたらそろそろかもしれないっすねぇ。」

 なんとも思っていなそうな、テレビ画面を見ながら言われた科白。けれどあまりの内容に、思わず口を閉じた。だって、それは。桃城、わかっているのか。それは、俺の前から消えるということであって。

「ま、俺は行きませんけどね。」

 一瞬、頭が真っ白になった。

「……は?」
「ちびたちもでかくなったんで、転勤と同じタイミングでお袋が東京の会社に再就職したんですよ。で、一緒に家も建てたんで、親父はこれからどっかに転勤になったら単身赴任です。」

 俺だって、せっかく大学部までの一貫入ったんだから、もったいないですし。
 コントローラーを操作しながら笑う桃城に、一気に力が抜けた。絶句している俺を不思議に思ったのか桃城が振り返ろうとする一瞬前に、身体を崩してそのたくましい首に腕を絡める。眼鏡が痛くない程度に顔を肩に押し付けた。

「紛らわしいこと言うなや……どきっとするやろ……」
「はは、忍足さん、俺が東京離れると思ったんですか?むしろ忍足さんのほうが転校しがちなのに。」
「それとこれとは話が別や。」

 すこしだけ揺れた肩が心地よい。そう、身勝手なのは俺だ。遠ざかるのはいつも自分なのに、いなくなることをいつも恐れている。

「だいじょうぶっすよ〜。遠恋になったところで、俺は忍足さんが好きですよ。」
「そんなわけないやろ……」

 そんなことはありえない。けれど、舌っ足らずな言い方に苦笑した桃城は、そのままそれを流してするりと眼鏡を抜き取った。

「忍足さん、疲れてる。」
「そないなことないよ。」
「うそ。いつもより不安定だもん。寝てください。」

 結局見透かされていた、と思うとすこし不本意だけど、まあ寝てもいいかなあ位の気分にはなってきた。桃城の前で眠ってしまうことは、よくある。桃城はふと覗いた睡魔を見逃さず、的確に空気を作る。普段の桃城からは想像がつかないほど、やわらかくしみるような声が、空気を夜にしていく。テレビから流れるポーズ音がやけに遠くて、甘やかされていると思う。

「おやすみなさい、いい夢を。」



桃忍へのお題:無邪気な愛を/「おやすみなさい、いい夢を」/存在をいつも確認する http://shindanmaker.com/122300

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