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▼ 励ますことも、宥めることも、涙を拭うことも、一緒に笑うことも、抱きしめることもできないけれど、ぼくはいつだって空気のようにきみのそばにいて、きっといて、ずっときみを、

 柳さんとケンカした。
、キッカケなんてものすごくくだらないっていうか、全部俺が悪い。
 数日前から今日の英語のテストのことは知らされていて、柳さんからも教えてやると言われていた。けれど勉強ってやっぱり面倒で、大丈夫ですとか適当言ってまったく勉強しなかった俺は、今日見事にその英語のテストで赤点を取ってしまったのだ。
 すぐにそのことは副部長に知られて、思いっきり制裁を食らった。でもそこまでは言っちゃなんだがいつも通りで、問題はそこからだった。
 いつものように治療のために部室のために部室に俺を連れてきた柳さんは、呆れたようにため息をついて、「だから言っただろう」と言った。
 副部長の制裁よりも何よりも、一番きつかった。
 いつもだったら柳さんは何も言わずに淡々と治療してくれて、だからその空気で、殴られて逆上しそうになってた気分も落ち着くんだけど、今日は違った。だから、自分勝手だけどなんか裏切られたような気持ちになって、それであっという間に逆ギレしてしまった。
 気が付いたときには、騒ぎに気づいた仁王先輩と柳生先輩に止められていた。
 そして、今。
 ふたりっきりの、帰り道だ。
 帰りにふたりっきりになるのは、家の方向の関係で仕方ない。でも、いつもは嬉しい帰り道も、ケンカした状態ではひたすら気まずい。寄り道して帰る時間をずらそうとしても、先輩方が許してくれない。早く仲直りしてこいっつったって、ちらりと見た柳さんはいつも以上に何を考えているかわからない顔をして横に並んでいる。人ひとり分くらいの空間が気まずい空気をより増している気がする。読ませてくれない表情はいつもより近寄りがたくて、こんなんで仲直りなんて絶対ムリだ。だいじょぶだいじょぶお前ならできるとか適当言った丸井先輩の口車に乗せられるんじゃなかった。
 柳さんはさっきから一言も口を開かない。
 さっき俺と丸井先輩が押し問答してるときも柳さんはいやだともなんとも言わなくて、ジャッカル先輩がそれは多分怒ってるからだと教えてくれた。
 柳さんが怒ると黙りこむタイプだなんて知らなかった。ジャッカル先輩はなんで知ってるんすか、と問えばお前には甘かったから、とだけ返された。それで勘づけないほどガキじゃない。
 甘やかされていたことなんて知っていた。柳さんは俺に注意はしても怒ったことはない。だから柳さんが怒ったらどうなるか、俺は知らなかった。このままじゃいられないことも知っている。ただ、どうすればいいのかわからないだけで。
 ぐ、と拳を握りしめると、その手を、なんの前触れもなく引き寄せられた。


「っうわ、」


 勢いあまってぶつかったせいで触れ合った体温が既に懐かしくて、それを自覚してしまったことが妙に気恥ずかしい。
 とっさに顔を上げると、柳さんは俺ではなくその向こうを見ていて、視線を追うと俺の横を自転車が通り過ぎていった。

 ―――ああ、そういうことか。

 もう怒ってないとかそういうことじゃなくて、自転車が通るから仕方なく、だ。


「すみませんっした…」


 だから、腕をほどいて離れようと、したのだけど。


「赤也」


 ぐ、と腕の力を強められて、それだけで俺はもう動けない。手のひらに爪を立てて、うつむくしか。
 手をほどかないまま俺の正面にまわった柳さんの、綺麗に手入れされた革靴が見えた。


「すまなかった、な」


 もう怒ってないから、顔を上げて。
ぽん、と頭の上に置かれた体温と、ひどく優しい声音に、目の奥が熱くなる。
こわかった。こわかったこわかったこわかった。
 いつも優しいこの人に、けれど俺が与えられるのはいつも失望だ。いけないとはわかっている。だけど楽観的で単純な俺の性格は同じことを繰り返す。いつか見放されるんじゃないかと怯えながらも繰り返して、そして今日、その日が来たんだと。


「ああ、だけどお前は部長になるのだから、いつまでもこんなことをやっていてはだめだ」

「っはい…!すみま、せん、でした…!」


 ぽろぽろと勝手に出る涙を腕で拭おうとして、止められる。柔らかい生地のハンカチがそっと目元に押しあてられて、その優しい香りに、ひどく安心した。





励ますことも、宥めることも、涙を拭うことも、一緒に笑うことも、抱きしめることもできないけれど、ぼくはいつだって空気のようにきみのそばにいて、きっといて、ずっときみを、






title by 青春

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