睡眠 | ナノ
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 おとなり

 八左ヱ門の部屋の障子を開けば、とぐろを巻いた黒いかたまりと目が合った。

「……犬って部屋に入れてもいいの。」
「いいんじゃないか?へムヘムとかよく入ってるし。」
「そういうもの?」
「そーいうもんだろ。」

 こちらに背を向けて座る八左ヱ門の背中には、とぐろを巻くというのがふさわしいくらい丸まった、黒い犬がくっつくように寝ていた。
 一度八左ヱ門に向けた視線を再びその真っ黒の目に向けると、ちらりと目を合わせたかと思えばすぐに鼻先を足に埋めた。ちくしょう、余裕ぶりやがって。その場所譲れ。

「匂いうつるよ。」
「いや、どうせすぐ風呂だし。それにあったけえよ。お前もどうだ?」
「もう温石が必要な季節は過ぎてるでしょう?」

 笑い混じりの八左ヱ門の言を、けれどにこりともせずに切り捨てて、それから彼の表情の変化に気づいて内心で舌打ちした。こんなことではシナ先生に怒られてしまう。

「妙に絡んでくるな。どうかしたのか?」
「べっつにー。」

 とん、と八左ヱ門の隣に腰を下ろす。そこが私の定位置、なんて決まっていない。いつもバラバラだ。ただ、最近は背中合わせに座るようにしていた。なんのことはない、ただ、背中が寂しいと感じることで、八左ヱ門に私を思い出して欲しかっただけだ。けれど、似合わぬかわいらしい企み事などするのではなかった。結局、私がいなくても八左ヱ門の背中は寂しくなどないというのに。
 面白くなくてぐぐぐ、と紺青をまとった肩に体重をかければ、喉の奥で笑うくつくつという声が聞こえた。

「なによ。」
「いや、なんか恋人っぽいなー、って。」

 隣に座って、相手に寄り添うってなんかそれっぽくていいな。
 なんのてらいもなくそういうものだから、ついうっかり外から見た自分達を想像して少し頬が暑くなる。一方的にかける体重も、八左ヱ門にしてみれば大した重さではないのだろう、姿勢はまっすぐに保たれているから他の人から見たらまるで私が八左ヱ門に甘えているようだ。

「……っ、」

 恥ずかしくて咄嗟に体を離すと、その間に鼻先をめり込ませるように八左ヱ門の背中にいたはずの犬が割り込んできた。けれど、さすがにここは譲れない。

「あ、」
「はいはい、お前はここな。で、お前はこう。」

 私が犬を抱えるより一瞬早く、八左ヱ門がひょいと犬をすくいあげる。そのまま膝に犬を置いて、私の肩を抱いて引き寄せる。

「ほらな。背中よりも、こっちのほうがそれっぽいって、ハナコもわかったんじゃないか?」
「……かもね。」

 でも悪いね、今日から八左ヱ門の隣は、私の定位置だ。



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