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1st キャンパスノート

 他人の世話を焼くのは好きだった。感情の読みとりは昔からうまく、一見表情が変わっていなくても、余計なお世話だと言われても、わずかにそこから好意的な感情が零れていれば、それを掬いあげて喜ぶことができた。



 *



「いらっしゃい、みんな。」


 からころというドアベルの音に振り向けば、真っ黒の学ランを軽く着崩した何人かの集団が入ってくるのが見えた。思わず笑んだのは、入ってきた彼らがありがたいことにうちの店に一年ほど通ってくれている、いわゆるところの常連さんであるとわかったからだ。営業用よりもいくらか気安い声で笑いかければ、その中の一人があまり感情の出ない白い面(おもて)をわずかに綻ばせたのが見えた。


「竹谷さん、こんにちは。」


 住宅街の大きな道を一本は行ったこの店は、小さなハーブショップだ。ハーブティーを出す喫茶店のようなもので、ほかにもデザートや軽食を提供している。幼なじみや中高の同級生四人で経営しているここで、おれはウェイター兼店長をやっていた。大繁盛しているわけではないけれど、常に誰かしらお客さんがいるような状態は、四人が目指していたものだ。
 近所の専業主婦の方々やなんかをターゲットに始めたつもりだったけれど、夕方あたりの時間帯は以外にも学校帰りの学生が寄って勉強していくことも多かった。中でも頻繁に訪れるのが、今年高校二年生になったのだという七人グループの男の子たちだ。


「いつもの席空いてるから、そっちへどうぞ。」

「はーい。」


 スポーツバッグやリュックを揺らしながら、彼らはいつもの窓際の席へと向かっていく。連れ立って向かう六人を見送ってから、一人ぽつんとおれの隣に立っている彼に目を向けた。


「兵助くん、行かないのか?」

「あ、えっと……、」


 わずかに口ごもる様子に、首を傾げる。いつも淡々と、けれど明瞭に話す彼らしくない。無意識に膝を折って視線を合わせれば、その黒曜は逆に逃げるように視線が惑う。


「どうかした?なんかあったの?」

「いや、えっと。あ、表の茶色い子犬、新入りですか?」

「そう。伊作が拾ってきたんだ」

「へえ、そうなんですか。かわいいですね。」


 あ、おれ、いつもので。そういってから彼は友人たちのところへ向かう。それにはいよ、と手を振って、お冷やを出しにカウンターへ向かう。
 懐かせればこちらに向けられる感情は大きくなる。だからいいだけ懐かせてしまって、その感情が大きくなりすぎたとき、参ったなあと頭をかいて、けれど懲りることはないのだ。それはそれは悪い癖だった。


「みんな、注文決まったか?兵助くんのは聞いたけど。」

「はい、お願いします。」


 彼らは四人掛けのテーブルに三人と四人に分かれて座っていた。その四人で座っている方、この七人のリーダー格である立花くんが注文している間に、もうひとつのテーブルでは兵助くんがからかわれていた。まずいなあ、とそれに内心苦笑しながら注文をメモし、カウンターに引っ込む。


「注文入りましたー。」

「はーい。」


 すぐそばにいた勘右衛門がまずのぞき込んで、次に仕込みをしていた留三郎が注文をみた。そのときについでにお気に入りである彼らに手を振っていくことも忘れない。最後に裏口の扉を開けて手を払いながらやってきたのは伊作だ。ハーブの栽培やハーブティーのブレンドなんかのほとんどはこいつがやっている。今も外で育てているハーブの手入れをしていたのだろう。手が土で汚れている。
 仕方なくカウンターの中に入って手を洗っている伊作に注文表を見せれば、首をひねってそれをみた伊作はあれ?と首を傾げた。


「あの子たち来てるの?」

「ああ。そっちまで声聞こえてたか?」

「まさか。だってこれ、久々知くんのだろう?」


 一人だけ先に注文を受けたせいだけど、注文表の一番上にひとつだけぽつんと書いてあるのは兵助くんがいつも頼むものだ。後ろめたいことなどなにもないのに、一瞬だけばつの悪そうな顔になったのを、伊作は見逃さなかった。八左、と咎めるように名を呼ばれる。


「なんだ?」

「やめておけとは僕らも言えないけどさ。それ以上にさせる気がないのなら、これ以上の特別扱いはやめな。」

「……わかってるさ。」


 すい、と目をそらしながら言えば、食器棚の近くにかけられたコルクボードが目に入った。そこにはいろんな動物の写真が貼ってある。いずれもうちの店から里親に出した動物たちだ。そのなかの一匹の黒猫に視線を留めて、知らず目を細めた。




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