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第一声がそれか
 

「はっ!」

「いい球だ。」


 小さな身体から放たれたとは思えない、鋭い球を打ち返す。パァン、と心地よいインパクト音がした。こんなとき、こいつは確かに千歳の妹なのだと実感する。出会いが出会いなのであまり感じることはないが、テニスをしているときだけは、以前対戦したあいつを思い出す。


「ドロボウ、の、兄ちゃん、は!」

「ん?」

「どんな球でも表情変えんと、かわいくないっちゃ!」

「そうか。」


 妙に大人ぶった物言いも相変わらずだ。今まで接してきた誰とも違う彼女との関係は、妙にむずがゆく、しかし心地いいものだった。



 *



 ばたばたと足音を立てながらベンチに向かう小さな背中を、ゆるりと歩きながら追う。


「いっちばーん!」

「よかったな。」

「…っもう!もう少しノリが良くないと女にモテんばい!」

「なんだそれは。」


 なぜ今のやり取りでそんな話につながるのか、意味がわからなくて首をかしげると、ミユキは唇を尖らしたまま何事か考えて、けれどすぐになんでもない!と一転して笑った。


「それより、別のところ行きたい!」

「構わない。どこだ?」

「ハラジュク!」

「なるほど。原宿の、どこだ?」

「…え?」


 きょとん、とした顔に、嫌な予感を覚えた。以前、越前が遠山に東京を案内しろと迫られていたとき、似たような会話を聞いていた。おそらくこの後に来る言葉はこれだろう。


「ハラジュクは、ハラジュクじゃないん?」

「…原宿とは、東京の地名で、若者向けのファッションショップが多い。その店のどれかに行きたいとか、そういうことではないんだな?」

「うん。」


 はあ、と軽くため息をつく。おそらくテレビで良く聞く単語なので憧れていたのだろう。まだ小学生なのだから下調べをして来いというのも酷な話だ。
 別に原宿に連れて行ってもいいのだが、失礼ながら原宿にミユキの興味を誘うような店があるとも思えない。その旨を話してみれば別にそんなとこ行きたくないとうなずくものだから、ではどうするかと考える。


「…すこし待て。不二に電話をして、どこかいい場所がないか聞いてみよう。」

「はーい」


 携帯を取り出して電話をかけると、不二はすぐに出た。手短に経緯を伝えれば、うーん、そうだなあと少しうなる。


『今からだろう?あんまり時間はないし…。浅草の遊園地とかはどうだい?手塚は良く浅草に行くから慣れてるだろうし、あそこならお土産も買えるだろう?』

「おじい様の使いでな…。そうだな、そうしよう。ありがとう、不二。」

『どういたしまして。』


 電話を切って振り向くと、ミユキは既にラケットやタオルをバッグに仕舞っている。手際のいいことだ、と内心苦笑して、名前を呼ぶ。


「小さいが、浅草というところに遊園地がある。土産を買いたいならそこで一緒に買えると思うが、どうだ?」

「遊園地?もっちろん!」


 きらきらと輝く瞳を惜しげもなくさらすミユキの頭を撫で、では行くか、と荷物を持つ。


「ミユキ」

「なんね?」

「今度、」


 そこまで言ったところで、ふと口を噤む。次など、あるのだろうか。詮無いと理解しつつもよぎらせた思考に、いいや、と首を振る。
 何も再び俺のところにくるとは限らないのだ。ミユキが今後誰かと旅行へ行くときのために、教えておけばいい。


「今度旅行に行くときは、事前にどこに行きたいか、本などを使って詳しく調べておくといい。そうすれば、より楽しむことができる。」

「うん!」


 それでも、できることなら、と望む心は、誤魔化せはしなかった。



 *



 そして、彼女を見送った数日後。


「もしもし?」

『あ、ドロボウの兄ちゃん!あんね、ウチ、次そっち行くときはお台場っちゅうところに行きたか!だから、次もよろしくな!』

「…ああ、わかった。」


 まったく、とちいさく呟きながらも、自分の唇が弧を描いていたのは、気のせいじゃない。



 第一声がそれか






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