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クリスマスモール・パニック!


 街にも店にもイルミネーションが溢れる十二月、嫌がる跡部を口説き落として跡部と神尾が訪れたのは、休日の大型ショッピングモールだった。神尾が所属している大学のテニスサークルで、クリスマスの少し前にクリスマスパーティーをすることになったのだ。プレゼント交換するから何かいいもん買って来い、という先輩からの指令に、自分のセンスに大して自信のない神尾は自分の恋人を買い物につき合わせることを決意した。お前の冷蔵庫空っぽだろ、ついでに食材の買出しもしたらいいじゃん、とか何とか食い下がって、郊外の大型ショッピングモールまで跡部の小さいながらも高級感のある車で連れてきてもらった神尾はご機嫌だった。女子もいるサークルだから、男子に当たっても女子に当たっても使えるものがいいかな、位のプランしか持っていなかった神尾にあきれた跡部は、溜息をつきながらも手伝ってやるといってくれて、ますます神尾は嬉しくなった。狙い通りだ。
 実際、金持ちだからかそれとも個人の性格か、贈り物をしなれている跡部の選ぶ品は流石で、跡部にとっては端金だろう予算の中で、あれはどうだこれはどうだと良いものを見つけてきてくれる。もちろん神尾だっていろいろ見てはいたけれど、どうやったって跡部が選んだ方が、贈られたひとも嬉しいだろうという品ばかりなので、後半はただ跡部の後ろを付いて回っていただけだった。
 結局、跡部が見つけてくれた石鹸やバスボムのギフトセットに決めて、ほっと一息をついた時には一時間ほど経っていて、そんなにモールの中を歩き回っていたのかと驚いた。その辺のコーヒーショップで軽く休憩してから、食品を買いに行こうか。そう声をかけようとしたところで、手首を強くつかまれた。

「っおい、あとべ?!」
「帰るぞ。」
「まだ買いだし、」
「いつものスーパーでいいだろ。」

 ぐいぐいと引っ張られて、ろくな抵抗も許されぬままついて行く。後ろ姿しか見えないけれど、これは相当機嫌が悪いようだった。確かに来る時はかなり嫌がっていたが、プレゼントを選び始めてからはあしかめっつらはしていたもののとげとげしさは消えていたのに。何かしてしまったのだろうか。それともやっぱり嫌だった?
 あっという間に立体駐車場まで来て車の鍵を開けた跡部は、その鍵をなぜか神尾に手渡して、そのまま助手席に乗り込んでしまった。

「あ、跡部?!おい、鍵……!」
「外でわめくな。早く乗れ。」

 つっけんどんにそれだけ言った跡部は、そのままぐったりと座席の背もたれに身を預けた。滅多に見ないそんな姿に慌てて空席になっている運転席に座ってドアを閉め、まぶたを下ろした跡部を改めて観察する。よく見れば顔色が悪い。体調でも悪かったのだろうか、と申し訳ない気持ちになりながらヒーターをつけるためにとりあえずエンジンをかけようとする。サイドブレーキが掛かっていることを確認して、ブレーキを踏んで、と教習所で習ったとおりのことをしていると、その初心者全開のしぐさを見咎めたのか、「いい」という声が聞こえて手を止める。

「いい。エンジンかけるな。ヒーターが気持ち悪い。」
「でも、体調悪いなら体あっためたほうが……」
「別に悪くねえよ。ただ酔っただけだ。」
「……酒なんかあった?」
「バーカ、人酔いだ。俺様は繊細なんだよ。」

 強がりのような軽口に、なるほど、と納得する。やけに渋っていたと思ったら、こうなることを予想していたからなのか。それなら悪いことをしたな、と申し訳なくなったので、罵声と同時のデコピンは甘んじて受け入れることにした。

「ったく、恋人達のクリスマスだかイブだか知らねえが、人は多いわ意味わからん編曲した賛美歌流すわ……」
「ハハ……」

 こういうとき、彼は日本育ちではないのだと実感する。日本と違って、イギリスではクリスマスには大騒ぎしないのだという。少しは回復してきたのか、口が達者に回り始めた跡部に苦笑して、手の中の鍵を、どうしたものかと見つめる。

「お前が運転して帰れよ。」
「…はあ?!これを?」
「それ以外に何があんだよ。免許持ってるだろ。」
「電車とかバスとか……」
「俺にこれ以上人ごみに突っ込んでいけってか。いい度胸じゃねーか。」
「う……」

 跡部から目をそらすように、じっとりと目の前のハンドルを見つめる。
 "MINI BAKER STREET" 最近発売されたミニクーパーのデザイン・ロンドンの一種であるこの車は、高級車というわけではないが、それでも神尾や神尾の親など、買おうとも思わない値段が付く代物だ。何より、文化の違いで仕方のないことだが、この車は外車であるために左ハンドルなのだ。たまに運転をする父の車は当然右ハンドルで、左ハンドルなど、跡部邸の広々とした敷地内でこの車を運転させてもらった時の一度きりだ。まともに運転できる気がしない。

「跡部運転してくれよ!俺絶対ぶつける!」
「免許持ってんだろーが、自信満々にぶつけるとか言ってんじゃねーよ。気をつけろ。」
「でもよう……」
「ほら、さっさと帰らせろ。俺は一刻も早く横になりてえんだよ。」

 必死の抵抗はあっさりといなされて、逆にせかされてしまう。仕方なくのろのろとキーを差し込んで、エンジンをかける。シートベルトを装着して、ギロリと右側をにらんだ。」

「シートベルトしろよ。事故ってもしらねーぞ。」
「丁重に運べ。俺様が乗ってるんだからな。」

 今のうちに慣れておけよ、という不穏な言葉は、聞かなかったことにした。


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