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ワールド・リート


 跡部と神尾で共有できるもの、というのはもしかしなくてもとても少ない。
 趣味が正反対なのだ。
 映画もダメ。本もダメ。服のセンスも全く違う。

 特に合わないのは音楽だ。
 跡部にロックを聞かせれば「うるさい」と言って10秒もたたずに止めるし、反対に神尾にクラシックを聞かせても、ゆったりとした曲調や柔らかな音がまどろっこしくてじっとしてられないのだ。今すぐに駆け出したくなる。

 そんなわけで、たとえ神尾が跡部の部屋を訪れたところで、やることといったらテニスの試合やどちらかが見たいと言ったDVDを見るか、もしくはソファーに座ってお互い好きなことをするくらいで、そして今日は後者の日だったのだけど。
 今は少し違って。

 トン、トトトン、トトン。
 さっきから、5本の長い指が神尾の膝の上で踊ってる。
 頭の中ではワーグナーのなんちゃらというメロディが流れているのだろう。そして右手は多分、というか絶対、鍵盤を叩いている。
 左手は未だに本のページをめくっていて、だから多分無意識。それほどまでにその美しい躯に染み付いている音は、実は少しうらやましいと、思う。同時に、意外と激しく動く、けれど忙しなさは感じさせないその手に、みとれていた。

 太ももを叩く指は、痛くはない。だけどけしてくすぐったいほど微かに触れる、というわけでもなくて、手をすべらすように弾くときもあれば、少し強くもなる。
 曲げられた指は関節のひとつひとつが、薄くて白い皮膚の上から浮き上がって見えて、なんというか、すごく、色気がある。
 とん、と浮いて、また動き始める。揃えられた指全体、一本一本がひどくきれい、で。
 そんなことを考えて、自分のひざの上にばかり意識を集中していたせいだろう。神尾の手から、手にしていたはずの雑誌が滑り落ちたことに、気付かなかったのは。

 バサリ。

 音とともに、一瞬、時が止まった。


「あ。」もったいない。

「…あ?」


 先に我にかえったのは神尾の方だった。

(俺、さっきなんていった…?)

 もったいない、とか言った気がする。いや、気のせいだと信じたい。確かに少し思ったけど、でも、そんなこと。
 気まずくて顔が上げられない。あぁもうなんでよりによって。跡部に見とれるとか!
 一方の跡部は、数秒自分の手を見つめて、ようやく先程までなにをしていたか理解をしたらしい。少し苦笑を浮かべて、「わりぃ」と謝った。


「ぅえ?」

「邪魔しちまっただろ?悪かったな、もうやらねーから」


 ポンポン、と頭を撫でてから本に手を添えようと戻る手を、咄嗟に掴んだのは、なんだったのだろう。よくわからないけれど、考えてる暇なんかない気がして。


「え、と、跡部、さ…」

「なんだ」

「えっと、あー…、その…、」

「あぁん?」


 煮え切らない神尾の態度に眉間に皺を寄せた跡部は、あまり気が長い方ではない。そんなことは誰より神尾が1番知っている。
 早くしなければ、なんでもいい、何かこの凶悪なシワを消す言葉を。


「えっと…、あ!ピアノ!ピアノ弾いてくれない、か?」

「…は?」

「っ!」


 しまった。
 後悔先にたたずとはこのことをいうのだろう。跡部の理解不能、みたいな顔に更に煽られる。そりゃそうだ、今まで散々わからないわからないと喚いていたのに、いまさらなにを。


「…言っておくがロックは弾けねぇぞ」

「ちっげぇよ!…あぁもうそうじゃなくて、跡部がいつも弾くやつでいいから、弾いて」


 こうなったらもうヤケだ。今になって前言撤回などしたところで、神尾にとってさらに悪い展開が待っているのなんて、目に見えてる。


「なんでだ?」

「……別に。何となく」

「フン。まあいいけどな」


 すべてお見通し、と言わんばかりに笑って立ち上がる跡部を見ても、言えるわけがなかった。
 その長い指を、綺麗で複雑なそれを、まだ見ていたいと思ってしまったことなんて。









title by まばたき

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