3、ブロークン・アロー
「跡部やないか。」
「よう、忍足。」
「相変わらずいきないやなぁ。ジローに聞いたん?」
「いや、宍戸だ。」
ジャージにTシャツ、というラフな格好で出迎えた忍足は、あまり動じずにすぐに家の中に通した。散らかっとってすまん、という言葉とは裏腹に室内は息がつまらない程度にきちんと片付いている。
昔の忍足の部屋は、もっと生活感がなかった。それこそ病院かなにかのように、病的に。
昔、といっても『あいつ』と出会う以前の話だ。今の部屋は、子どものものであろうおもちゃや小物がそれなりにあって、それが柔らかい色みの家具で纏められている。『あいつ』が変えたものは大きい。
「どうせ大体の事情は宍戸に聞いたんやろ?」
「ああ。…悪いな。」
「かまへんよ。宍戸は昔からお前にあまいしなぁ。」
まあ幼馴染みやからな、と笑う忍足に苦笑を返す。それなら同じく俺の幼馴染みであるはずのジローは忍足に甘かった。『あいつ』に出会って以来、なんどジローに叱られたことかわからない。
「で、どないしたん?」
「線香上げにきた。」
そういうと、驚いたように目を見開いてから、僅かに顔をうつむけて、ほんのり笑った。さらされた首の線が、昔より細くなった気がする。無意識に手をのばしかけて、拳をにぎる。
「ほなこっちや。線香の上げ方、わかるんやろな。」
「バカにすんな。」
ゆるり、立ち上がる姿は、やっぱり変わった気がする。
昔はもっと、そのレンズの奥の瞳は強く、明かりが射さないほど深かったはずなのに。
今は、触れたら割れてしまいそうなほど澄んでいる。
*
「部活をやってた頃がな、多分人生で一番楽しかった時期や。」
ふうわりと、どこか遠いところを見て目を細める。
宍戸も、ジローもたまにやる。俺もやっているだろう。
なつかしい、そう告げて、けれど戻れないときを見てる。
「部活とか、あと他にもみんなで遊んだりとか。あと、謙也と電話したり。」
汗をかいたグラスをつかむ。指が濡れた。ベタつく感覚を、けれど不快に思う余裕もない。
「楽しい時間なんていくらでもあった。多分、これからも増える。そういう点では、俺はものっそい恵まれていると思うんや。けどな、」
まぶたを、降ろす。その仕草に、妙に目を奪われた。
「しあわせやった時間は、あいつと過ごした八年間だけやった。」
どうかどうか明日もあなたの空が晴れますようにとただ祈ることしかできない無力な両腕はいつかあなたを抱きしめたいと傲慢に在り続けるのです
title by 青春
bkm