学アリ夢

11

 蛍ちゃんと並んで、壇上の秀一くんと昴くんを見上げた。遅刻するなよ、ってこのことだったんだ。一学期の始業式は、中等部校庭で行われる。それもなんかパレードみたいにキラキラしてて、ちょっと面食らってしまった。にしても、二人ともすごいなあ。すごい人たちだったんだなあ。そんな人たちが仲良くしてくれているの、わたしが思うよりめちゃくちゃすごいのかもしれない。すごいのインフレだ。惚けていると、挨拶を終えた秀一くんが壇上の自分の席へと戻る際、ばっちりしっかり目が合った。実際合ってるかはわからないけど、多分合ってる。目の合った秀一くんは、嬉しそうに綺麗に微笑みを返してくれる。と。

「ギャーッ!!!」
「コラ、静かにしろ!」
「わ、わあ……」

 隣の中等部のお姉さま方のピンクの悲鳴が巻き起こった。声の勢いに押されて、少しよろけてしまった。び、びっくりしたあ……。

「大丈夫か?」
「岬先生、……うん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ、です」
「そうか。具合が悪くなったら言えよ」
「うん、ありがとう」

 よろけたわたしの肩を支えてくれた岬先生は、ちょっとだけ心配そうな目をする。病弱なところを見せ付けてしまうことも多かったので、まあ仕方ない。今のわたしはひと味違うことをしっかりアピールしておかないと、仮登校なんてあっさり解除されてまた病院に逆戻り、なんてことにもなりかねない。それだけはごめんだ。

「頑張って来い」
「……うん!」

 始業式の式典が終わって、教室へ戻るみたいだ。今日は授業はないけれど、連絡事項と一緒にわたしも転入生として軽く挨拶をする。らしい。実を言うと、昨日は心地よくお昼頃まで寝て、ちょっと寮の周りを散策して、新しい景色にはしゃいで、早めの晩ご飯を食べてお風呂に入って寝てしまったので、新しい出会いノルマを果たせていないのだ。友達100人、とはいかなくても、それなりに欲しい。だって寂しがりだし。岬先生に背中を押されたので、ひと頑張り、しよう。


「……あ、この前の」
「あ゛? ……しじま」
「あれ? 二人とも知り合い?」
「えっと……いや……?」

 鳴海先生に連れられてクラスへと移動している途中で、この前の傷だらけだった少年と出会した。気のせいかな、彼、教室と反対方向へ向かってる気がしたんだけど。……おサボりってやつ? 今どきの小学生ってすご〜い。いきなり名前で呼ばれたのもすごい。

「この前なんか……すれ違って……?」
「そんな猫みたいな」

 知り合い、という程ではない。共に過ごした時間、三分にも満たないし、わたしは彼の名前すら知らないんだから。

「彼は日向棗くん! 火のアリスだよ」
「……」
「棗くんはしじまちゃんのこと知ってるみたいだし、説明は不要かな? 乱暴しないようにね」
「えっと、よろしくね」
「……チッ」
「こらこら棗くん、サボりはダメだよ〜」

 なんて言いながらも、鳴海先生は引き止める気があんまりなさそうだ。まあ、始業式なんて授業ないしね。説明とかガイダンスとかそこらへんだけだろうし、前年度も在籍してるならそこまで重要視するようなものでもないだろう。なんかあったら友達から話は聞けばいいし。舌打ちをした日向棗くんは、そのままどこかへ消えていった。グレてんな〜。


「身体弱いって大丈夫?」
「癒しのアリスってすげー」
「入学即トリプルとか超優秀ってこと!?」

 鳴海先生が副担の先生に後を任せて教室からいなくなると、ワッと周りに生徒たちが押し寄せた。さすが小学生、元気だなあ。ほとんどの子達が副担の先生の話を聞く気がなさそうなあたりはちょっと心配だけど。

「ねーねー、しじまちゃんの体質ってなに?」
「体質?」
「ナルが言ってたやつか」
「そうー。さっきから読もうと思ってるのに読めないんだー」

 ……なにを? 貼り付けたような笑顔の男の子が、わたしの何かを読もうとしている。心読みくん、と呼ばれているから確実に心を読むアリスなんだろう。……え、あぶなっ! わたしの他者のアリスへの抗体がある体質じゃなければ、前世〜あたりのことめちゃくちゃバレてたじゃん。危な。

「鳴海先生からはなにか聞いてるの?」
「あの、しじまちゃんは他人のアリスを弾く体質だって説明されたよ」
「あ、うん。じゃあその通り、他人のアリスを弾きます」
「えー! ずるーい!」
「そんなの無敵じゃんかー!」

 小学生だ……。無敵というわけでもないし、完全に弾ききれるわけでもないんだけどね。ただ、普段使う能力よりもちょっと出力を上げる必要があるくらいだ。それを教えてあげたら、あ、ほんとだー、と心よみくんが声を上げた。……読まれちゃった。今日この後なにするんだろう。

「今日はねー、休みの間の課題を提出して、教育実習の人達の挨拶があるみたいだよー」

 なるほど。教育実習……たぶんその人たちもアリスなんだろうな。普通なら大学四年生とかだけど、アリスの人たちは普通の大学に行くのかな? 声に出さずとも察してくれる心読みくん、便利だなあ、と思ったんだけど、ちょっとぐったりして「しじまちゃんの心読むの疲れた……」なんて言われるので、あんまり読まれる機会はなさそうだ。この体質でよかった。

「疲れちゃった? おいで」
「? なになに……わあ」

 手招きした心読みくんの手を取って、アリスを発動する。『癒し』のアリスは、怪我を治すだけではない。疲労を癒すことも、精神に癒しを与えることもできる。なかなか優しいアリスだと思う。これは昴くんや神野先生との特訓で発見した使い方だ。

「疲れが取れたー!」
「すごーい! 俺にも! 俺にも!」
「私も……!」
「みっ、みんな……!」

 わらわらと寄ってくるちびっこたち。今はわたしもその内の一人なんだけどね。気遣ってくれる飛田くんが止めようとするけれど、まあこの程度なら……大丈夫かな? と半径一メートルぐらいにアリスを広げた。アリスの性能は良いし、コントロールも良くなってきた方ではあるけれど、元々のキャパは平凡か、よくて中の上〜上の下程度なので効果範囲はあんまり広くないんだよね。使用回数も、何度も使ったらそれなりにバテるし。

「ああ〜」
「癒される……」
「癖になりそう……」

 近くにいた人たちがとろんっ、として、大人しくなった。癒されてくれたみたいだ。後ろの席にいたうさぎも、ぴょんっ、とわたしの膝に飛び乗って、スリスリと擦り寄ってくる。……うさぎ?

「教室でうさぎ飼うタイプなんだ」
「……悪い、俺のだ」
「あ、個人のお友達なんだ」

 たまにあるよね、教室でうさぎとかモルモット飼う学級。情操教育の一貫とかで。今回は違うかったみたいだけど、声のした後ろの席を振り向くと、綺麗な金髪に、灰色がかった青い瞳の男の子。ものすごくお顔が整っていて、将来が有望すぎる子だ。

「かわいいね、うさぎさん」
「……うん」

 わたしのアリスの巻き添えになっていたみたいで、まだ少し惚けた様子のその子が頷く。男の子へ向ける言葉ではないけれど、妖精みたいな子だなあ。

「お名前は?」
「……乃木流架」
「……乃木くんかあ、よろしくね」
「……うん」

 うさぎの名前を聞いたつもりだったけれど、返ってきたのはおそらく男の子の名前だった。空気の読める大人なので、一瞬の間を置いてしっかり対応しました。うさぎさんの名前は、また今度聞くことにしよう。


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