学アリ夢

10

「今井蛍よ。よろしく」
「夜野しじまです! よろしくね」

 通常、アリス学園の学級委員は各クラス二人ずつらしい。飛田くんはずっと委員長だけど、来季のもう一人がこの、黒髪の美少女、蛍ちゃんだと聞いた。現在は食堂で、少し早めの晩ご飯を取る予定だ。なんだけど。

「……多くない?」
「そう?」
「僕も慣れちゃった」

 多い。ご飯の量が。蛍ちゃんも飛田くんも星階級はトリプルらしく、わたしたちの前には三人分の食事が置かれているのだけど、その量が到底三人分とは思えない寮で、ちょっとクラクラする。多い。ずっと病院食に慣れていたから、食べ切れる自信もない。とはいえ、残すのも勿体ない。

「次から減らしてもらおう……」
「あら、じゃあ食べてあげるわよ」
「えっ本当? ……蛍ちゃん、食べ切れる?」
「余裕」
「すごお」

 蛍ちゃんは見かけによらず大食らいらしい。すごい。あ、でも味はしっかりめっちゃ美味しい。綺麗に、すごい勢いで食べる蛍ちゃんの隣でちまちまと食べ進める。

「しじまは入院していたのよね」
「あ、うんそうなの。鳴海先生から聞いてる?」
「一応、三学期の終業式の日に軽く説明はしてくれたよ!」
「身体が弱いことを念押しされたわね」
「あ〜、はは」

 まあ、健康体と呼べるほどにはまだ至っていない。それでも、一般的な病弱レベルには持ち直しているから安心はして欲しい。でも、そっか。だからさっきから遠巻きに視線をたくさん感じるのか。微妙にやりにくかったんだけど、転入生の立場なら仕方ないよね。この世界のわたし、とんでもなく美少女、なはずだし。一見するとわりと深窓の令嬢〜、って感じの儚さがあると自負している。……自意識過剰とかじゃないよ! だから、話しかけにくさもあるんだろう。

「だっ、大丈夫! みんな転入生には慣れてるから、その、すぐに収まると思うよ」
「うん、ありがとう」

 アリス保持者を囲うアリス学園のシステム的に、転入生ばっかりなんだろう。年に数回あるイベントみたいだし、そりゃあ慣れるよねえ。気にせず美味しいトリプルご飯を頂くとしよう。……半分くらいは蛍ちゃんの胃に収まった。

「あたしが言えたことじゃないけど」
「うん?」
「もっと食べた方がいいんじゃない」
「……ごもっともです」

 それはそう。ド正論である。飛田くんまで心配そうにさせてしまっている。とはいえ、トリプルの食事、通常の1.5倍くらいはあるのだ。その半分は食べたから、まあまあ頑張った方だと……ね? 思いたい。徐々に普通の生活へ、身体を慣らしていくしかない。……ちょっと先が遠そうだなあ。食器を下げてもらって、ぐでっと椅子にもたれようとしたところで、しじま、と蛍ちゃんに呼ばれて顔を上げた。

「ん?」
「大浴場、案内いるんでしょ」
「あ、そうだった。おねがいします!」
「じゃあ、蛍ちゃん。しじまちゃんをよろしくお願いします」
「……母親ヅラ」
「エッ、!?」
「あはは」

 どうやらクールな蛍ちゃんに、飛田くんは振り回されているらしい。


 時間が早かったこともあり、まだ人の少ない大浴場から帰ってくる。大浴場では、薬品の匂いのする女の子、野乃子ちゃんと、甘いお菓子の香りのするアンナちゃんと知り合った。二人とも飛田くんと同じでB組の良心枠らしいけど、……良心枠がいる小学生ってどんな感じなんだ、とちょっと疑問だ。

「ふー……」

 ぱたん、とベッドへと倒れ込む。ふかふかだ。小学生の身体には広く感じるベッドは、転がり放題でちょっと嬉しい。病室のベッドも広かったからなあ。もうあまり記憶にないけれど、この世界でのわたしの両親がそれなりにお金持ちらしいのも関係してたんだろうか。部屋にはベッドにクローゼット、それから勉強机に、ローテーブルとソファが設置されている。クリーム色のシンプルだけど猫脚がかわいいローテーブルと、同じ色の丸っこくてフリルのついたソファは行平校長先生からのお心遣いらしい。センスがかわいいかよ。にしても、ガッツリ贔屓されている。こんなことして初等部の校長先生とかにバレないのかなあ、なんて思うけれど、もしかしたら自分の庇護下だと見せ付けている可能性もある。ちなみにインテリアはだいたいシンプルでかわいい、レースやフリルの着いたクリーム色メインのものになっていた。

「あ、そうだ」

 ゆっくりと身体を起こして、ハンドバックに入れていた携帯と、ジュエリーボックスみたいな小さな箱を取り出した。昼間、秀一くんと昴くんから貰った退院祝いだ。アリス所有者は、自分のアリスに制限をかけるために制御アイテムを付ける人がいるって聞くけど、その類とかだろうか。予想しながら、ベロア生地のその箱を開いた。

「アリスストーン……」

 エメラルドグリーンと、ベイビーブルー。綺麗な丸いアリスストーンが二つ、並んでいた。二人のプレゼントって、アリスストーンかあ。

「ふふ」

 嬉しくて、思わず笑みが漏れてしまう。コロンとした小さな石は、かわいくて綺麗だ。どっちがどっちのなんだろう? 石との相性もあるし、アリスストーンを使うのは難しいと聞く。ただ、使えないわけではない。ためしに、とベイビーブルーの石をぎゅっと祈るように組んだ両手で握りしめた。
 ……。

「んん、むず」

 発動しない。たとえばわたしの癒しのアリスでは、癒す対象がいなくても力が発動されているのはわかる。それと同じように、アリスストーンのアリスが空振っても、発動はされるらしい。っていうことは、わたしの実力不足だ。まあ、相性もあるっていうし、と次はエメラルドグリーンの石を手に取った。
 そういえば、二人とも複数のアリス所持者だけど、なんのアリスの石なんだろう? そう思った途端に、景色が変わった。

「!? え……」
「おや」

 ぽすん、と着地したのは秀一くんの膝の上だ。……あ、これ瞬間移動のアリスストーンだったんだ。直感の方かと思ってた。ということは。

「アリスストーン使えた〜!」
「うん、よかったね」
「……おい」
「あ、昴くんもいた」

 どうやらここは……ここは? たぶん秀一くんか昴くんのお部屋だろう。キョロキョロと見渡したらめちゃくちゃ広い。ベッドがわたしの部屋よりも更に大きかった。すごーい。さすが幹部生。

「ねえねえ、ここどっちの部屋?」
「僕の部屋だよ。……髪が濡れているね」
「あ、お風呂入ったばっかだったから……」
「きちんと乾かせ。ただでさえしじまは身体が弱いんだ」
「ごめんなさぁい」

 勝手知ったる、と言わんばかりに昴くんがタオルを一つ、クローゼットから取り出して私の頭にかけた。そんなに濡れてるってほどではないけれど、しっとりは確かにしている。一度私を抱き上げた秀一くんが、自分の膝の間にわたしを座らせてタオルで髪をゆっくりと撫でてくれていた。……人に髪の毛乾かされるのって、気持ちいい。お風呂上がりのすっぴんとか、基本あんまり見られたくないものだけどわたしは今は小学生、しかも美少女である。なんら問題がなくて最高キマってしまうな。

「……」
「……」
「んぇ? どしたの?」
「なんでもない」
「ああ、なんでもないよ」
「? そっか」

 いつになく無言のまま二人に見つめられる。急にわたしが現れてビックリしたんかな。そうかもしれない。身体を冷やすといけないから、と昴くんが柔らかいベージュのカーディガンを羽織らせてくれた。たぶん持ち主は秀一くんだと思う。色的にも。

「昴のアリスストーンは試したかい?」
「あ、うん。でも発動難しくって……」
「ああ、じゃあ僕とは相性がよかったんだね」
「ん、そうなのかも」

 もちろんわたしがアリスストーンに慣れていないのも、お試し感覚だったのもあるだろうけど、それで使える秀一くんのアリス、めちゃくちゃ相性がばっちりだったのかも。手の中に握っていた石は、ほんの少しだけ明るくなっていた。

「発動は一度だけか?」
「うん……気付いたら、ここに」
「へえ、一度で正確にテレポート出来るのは珍しいね」
「……そうなの?」
「きっとしじまのイメージの仕方がよかったんだろうね」
「……そぉなんだ……」

 イメージ、イメージの仕方か。たしかに、テレポートのアリスなんてどこに飛ぶかわからないものだ。……え? 危なくない? まあ、学外に飛ぶには結界が幅んでいるらしいのでそこまで危なくはないのかもしれないけど、普通にちょっと危険だった。まあ成功したので良しとしよう。ああでも、なんで二人のところに飛んできたんだっけ。

「ん゛ー……」
「眠たいのか」
「んん……うん」
「寝てもいいよ。部屋まで運んであげるから」
「……うん」
「全く、おまえはしじまを甘やかしすぎだ」
「そうかな?」
「……ふふ」

 微睡みの中で聞く心地よい声。人肌に触れてるとどうしてこう眠たくなるんだろう。不思議だ。

「しじま」
「……ん〜?」
「明後日、遅刻するなよ」
「……うん」

 明後日、明後日ってなにがあったっけ。ああもうダメだ、眠い。遅刻、はたぶんしないと思う。それはもう明後日のわたしに任せたいなあ。重たい瞼がくっついて開かない。全く、と呆れたような声と、頭を撫でる手の温度がこそばゆくて、気持ちよくて、意識はとろんと溶け落ちた。


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