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 映画って、観始めると集中しちゃうよね。隣にいる轟くんも、ラストシーンまでジッと黙ってモニターを見つめていた。映画が終わり、画面が元のタイトルセレクトに戻る。イヤホンを外すと、轟くんも同じように外して、イヤホンをかける。

「どうだった?」
「なんか、すげぇ……よかった」
「ふふふふ、それは良かった」
「良かったな、ジーニー」
「あっは!」

 いや、そうだよね。よかったなあ〜! ってなるよね。わかるわかる。面白かったみたいでよかった。シーにはこれのアトラクションあるよ、って言ったら行ってみたいそうなので、夏休み中に弾丸テーマパーク決行したい。
 そうこうしてる内に、タイミングよく機内食が運ばれてくる。事前申請したもので、私も轟くんも和食だ。……轟くんさっき普通に一人前以上の量食べてたけど大丈夫なんだろうか。

「え、やば」
「やばいのか?」
「まじでやばい」

 機内食がコース仕立てなんだけど。料亭か? アミューズと合わせて出てきたのは、ワイングラスに入ったお茶だ。普通にシャンパンかと思ったけど、まだ未成年だった、私たち。なんかよくわかんないけど、お茶が高級な匂いする。ほのかに桃のような匂い。一生嗅いでられそう。

「うま……」

 なんかよくわからない小鉢が数種類。説明を頂いたけれどなんかよくわからないまま食べたら、なんかよくわかんないけどめちゃくちゃ美味しかった。これだけでこの旅行……轟くんにとってはお仕事に近いかもしれないけれど、の価値爆上がりだ。もう日本帰ってもいいかもしれない。と感動していたら、パシャ、と横からシャッターの音がした。

「……え?」
「お、どうした」
「いや、え、撮った?」
「ああ」
「はへえ、なるほど」

 ご飯の写真を撮るならわかるんだけど、轟くんのスマホのレンズは確実にこちらを向いていて。なぜ。なんでかわかんないけど、最近轟くん、ことある事に、事がなくても私にカメラ向けてくるんだよね。多分そういう時期なんだな〜。まあ写真撮られるの嫌いじゃないので、ピースを向けておく。ちなみに私は食欲に負けて料理の写真撮るの忘れてた。少々はしたないけれど、食べさしのお皿を写真に収め、履歴の一番上にいた爆豪くんに、写真と共に動くオールマイトが「うまい」と頷いているスタンプを送っておいた。



「芸術点高い」

 漆塗りの器の上に、並べられたちいさな練り切りたち。お花や動物の形をしていて、デザートまで凝っている。うちひとつ、コテン、と寝転がっている、キュートな海洋生物が。

「ねえ、みてみて」
「ん?」
「ふふ、トド、ろきくん」
「……アザラシじゃねえか?」

 アザラシだったわ。おいしゅうございました。

「次なんか観る?」
「ああ。なんか観てえ」
「お。ふふ、なんか観ようか」

 映画の楽しさを知ったらしい。聞けば、映画館だけでなく家でもほぼ観たことがなかったって。テレビ自体もそんなに見ることがないらしく、轟くんの情操教育を任されよう、と決意した。勝手に。寄り道して買い食いとか、ゲーセンとか、最近はちょこちょこっと行くことがあったけれど、映画はまだない。

「今度さあ、映画館行こうよ。緑谷くんとか飯田くんとか誘って」
「いいな」
「今なにやってたかなあ〜」

 ぴっ、と再びモニターをタップする。ん〜、同じシリーズで行こ。

「また私の好きなのでい?」
「ああ。緩名の好きなやつが観てぇ」
「ん」

 ……なんか、聞き方によるとちょっとムズムズする言い回しだ。照れくさくない? 気の所為?

「ラプンツェ〜ル、髪をおろ〜して〜」
「?」
「を、観ます」
「はい」

 観たことない轟くんには当然伝わらなかった。当たり前音頭。フライト時間は残り2時間と少し。着陸の少し前は慌ただしくなることを考えたら、ちょうどくらいじゃないかな? イヤホンを付けて、日除けを下ろし、再生ボタンを押した。



「……大丈夫か?」
「だいじょぶです……」

 油断した。久しぶりに観ると、ランタン打ち上げるシーンでなんか込み上げてきてしまって、グズグズになった。失敗した、一回崩壊するともうそのまま瓦解していくじゃん。轟くんがギョッとして私を見てるのがわかる。なんもうね、あるんよ。歳をとると来るものが。いや今の私はJKだけど、前を合わせて通算するとそれなりの年月を生きてるから。轟くんが自分の鞄を漁って、使ってねえから、とハンカチを出してくれた。かたじけない。自分のハンカチはもう涙漬けになっちゃったから。予備のハンカチ持ってきててよかったあ。

「うう、ごめん……」

 ありがたく受け取って目元に当てる。あ〜あ、せっかくのラメシャドウが涙で散った。ポーン、とシートベルト着用のアナウンスが入ったので、爆速で化粧直ししなければ。どうせパーティ前にシャワー浴びるから、ざっとでいいのは助かったけど。
 ふう、と息を吐いて、ようやく呼吸を落ち着かせる。轟くんが、薄く薄く、私をみて口角を上げた。うわ、レア笑顔。

「意外と泣き虫なんだな」
「……そんなことはない、と思う」

 うん、そんなことはない。普通だ。多分みんな泣く。轟くんが強いだけだ。

「……今度、絶対泣く映画みせたるからなぁ」
「そうか、楽しみだな」
「絶対泣かしてやる……」

 何度でも飼い犬が生まれ変わってくるやつとか、記憶が消えていくラブストーリーとか。手当り次第泣ける映画見せたら、轟くんにもなにかしら引っかかるものがあるはずだ。多分、その前に私と付き合わせる予定の緑谷くんが脱水症状になりそうだけど。

「おまえが泣いたシーン」
「言い方」
「ああ、悪ィ。あれ、綺麗だったな」
「ん、ね、だよね」

 大好きなシーンだ。モチーフになった実在のお祭りもあるみたいだし、絶対生きてる内に行ってみたい。

「カメレオンと馬がいいな」
「わかる、パスカルもマキシムも好き」

 ていうかなんならヴィランもちょっと好き。ユニークでコミカルで、悪だけど魅力的だし。轟くんと会話しながら、コンパクトとポーチでサッと化粧直しだ。

「……すげえ光ってんな、それ」
「ね、かわいいでしょ」

 単色のアイカラーは、細かいラメがキラキラのやつだ。取れにくいよう、クリームタイプのアイシャドウ下地に重ねると、より繊細に瞼の上で輝く。見て、と見せると、轟くんはああ、と頷いた。なんの頷き?

「赤い」
「赤ってかピンクっす」

 色の感想かい。いいけど。轟くんにここらへんの情緒が伝わるとはまだ思っていない。一緒に育てていってやる。

「ね〜、どれが好き?」
「……一緒じゃねえ、んだよな」
「ふふん、全然違いま〜す」

 パケ違いのリップを4本見せ付ける。外側から色がわかるのなんて、一つだけ透けてるパケの物だけだ。ちょっと意地悪してみた。

「直感直感、直感で」
「じゃあ、これ」
「おっ、お目が高い」
「そうなのか?」
「そうなんで〜す」

 シックな黒のパッケージを轟くんが指した。全部お目が高いやつだけど、なんか轟くんっぽい。わかる。瑞々しいチェリーカラーのルージュだ。かわいい〜。筆で取って気持ち丁寧に唇に乗せ、電車の窓から風景を眺める子どものように熱心な視線を送ってくる轟くんにどう? と色付いた唇を軽く突き出した。

「赤いな」
「まあ、赤っちゃ赤かな」

 正解。やっぱり色の感想だった。天丼をありがとう。パチン、と閉めたコンパクトとポーチを鞄に仕舞う。I・アイランドがだいぶ近付いて来ているし、もうそろそろ、着陸だ。

「着いたら先ホテル?」
「いや、荷物は持ってってくれるらしい」
「じゃそんまま観光だ!」
「ああ」
「やった〜」

 空の上から見えるだけでも、めちゃくちゃ楽しそう。クソ高い搭……ビル? あるし。

「あれみて、めちゃデカ」
「セントラルタワーか?」
「たぶんそれ。知らないけど」

 デカすぎ。バベルの塔? あそこがこの島のメインで、パーティ会場もあっこにあるようだ。エレベーターとか止まったらどうすんだろ。この研究都市でそんな心配はいらないんだろうけど、あの高さ階段はパンピだとキツいじゃん。ヒーロー見習いの私でも心折れる。

「ふふふ、楽しみ」

 高度がドンドンと下がっていって、もう間もなく、というところで、轟くんと視線がかち合った。

「……かわいいな」
「は、」

 ふ、と落とすように微笑した轟くん。え、え、急になに。

「……ありがと」
「ああ」

 少しのフリーズの後、イケメンからの急なかわいい、に、なんとか照れないよう返したけれど、上手くできてるかは怪しかった。



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