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「飛行機ってさあ、眠くならない?」
「そうか?」
「離陸ん時でもうかなり眠いよね」
「そういうもんか」
特に今日みたいな早朝発の時はひとしおだ。飛行機イコール気絶である。あれなんなんだろうね。コンソメスープ飲みたいのに、寝ちゃってて飲めないことが度々ある。
落ち着いた雰囲気の受け付けで、少しドキドキしながらチケットを提示すると、笑顔で対応された。緊張のきの字もない轟くんに続いて、隣のラウンジへ入る。うわ、やば、めちゃくちゃシックで豪華だ。
「うう、ラウンジとか来るの初めてなんだけど……」
「そうなのか」
「しかもさっきから轟くんが「そう」シリーズしか反応してくれない……」
「ん? ああ、悪ィ」
そういうもんか、と少しだけ轟くんが首を傾げる。また「そう」だ。轟・相槌の種類が少ない・焦凍だ。革張りのソファへ腰を下ろすと、ふかふかと沈みこんでなんかもうテンションが上がってきた。アゲ〜。轟くんは無感動に隣のソファへと腰を下ろす。
「よく乗るの? 飛行機」
「いや、……数回程度だな」
「ほへ〜。どこ行ったのどこ行ったの!」
「だいたい今回みてぇな親父の代理だぞ」
「え〜、いいじゃん!」
「いい……のか?」
いいよいいよ。親父の代理でもいいよ。私は親父の代理の同行者だから存分におこぼれにあずかってるし。
「なんか食べよっかな〜」
バイキングにはいろんな国のいろんな料理が提供されていて、もちろん日本食も多く、The飛行機って感じだ。今回はエンデヴァーさん、へのお誘いの代理なので、なんと! ファーストクラスなのである。しかも国際線。最高。奢られ上手の私ではあるが、流石にこれはガチで一銭も出さずに頂いていい環境なのかと心配にはなったけれど、同行者がいなけりゃ空席になるだけだ、とのことなので、有難くお誘いを受けた。エンデヴァーさん、愛してるよ。会ったことないけど。
夏休みの始まる少し前のことだ。轟くんが、その日一日なにか言いたそうにこっちを見てくるなあ、と思って放課後お茶に誘ってみれば、今回の件だったのである。普通にびっくりした。だって同性誘うもんじゃん? こういうのって。実際百はクラスの女子に声をかけてたし。と思ったけれど、緑谷くんはなにやら先約が、飯田くんは轟くん同様ヒーロー一家のため、招待があるらしいとのことだった。なるほど。というわけで、轟くんのマブダチ第2号の私が同伴、となった運びである。一応確認したけれど、ホテルの部屋は別だった。セーフ。もちろん保護者の許可も、学校の許可も得ている。抜かりはない。
「なにしてんだ? それ」
「ん〜、パン威嚇して黙らせてんの」
「必要なのか」
「そう。威嚇しとかないと刃向かってくっかっね」
……そうなのか、と落とすように呟かれた。やだ、本気にしちゃってたらどうしよう。流石の轟くんもそこまでのドが付く天然さんではないと思うけれど、表情の読みにくさが半端ではない。バレたらうちの息子になんて余計なことを! ってエンデヴァーさんとか怒ってきそうだな。体育祭の録画見返したら物凄かったもん、燃える髭のおじさん。ちょっとだけ引いた。
「あ、ねえお蕎麦もあるよ」
「お」
美味しそうなクロワッサンを備え付けのオーブンに放り込んで、私の後をなんとなく着いてきていた轟くんを振り返れば、ピクっ、と眉毛が動いた。おっ、薄いけど反応あった。やっぱお蕎麦好きなんだね。
「日本離れるし、しばらくお蕎麦ないかもだしね」
「そうだな。食っとくか」
「ふふふ」
「緩名もいるか?」
「ん〜、ちょっとだけもらおうかな」
チン、とクロワッサンが上がってきた。あ、ミネストローネも美味しそう。小籠包……取ろうとしたら轟くんが俺も欲しい、というので、トレーの上に追加していく。ローストビーフも美味しそう、と迷えば再びおれも、と聞こえるので、小さく笑いながら二人分取った。あとはデザートのケーキだ。うん、私が取った分は全部一口二口の少量だけど、合わせたらそれなりの量になる。朝ごはんにちょうどくらい。あと食べたいもの適当に取ったから食べ合わせやばそう。まあいいや。轟くんはガッツリお蕎麦一人前だ。朝食も食べてきたと言っていたけれど、育ち盛りの威力を見せ付けられている。
「いただきます」
「いただきます」
いかにもバイキングです! という風貌になったトレーを置いて、手を合わせる。あ、このクロワッサン美味しい。うま。最高。
「I・アイランドまで何時間くらいなんだっけ」
「今は4、5時間くらい、っつってたか」
「へあ〜、言うても遠いね」
「ああ」
離陸が9時過ぎなので、到着がだいたい14時くらいか。夜にはパーティがあって、そこの挨拶回りが必要らしいけれど、それまでは自由時間だ。やった〜。I・アイランドと言えば、最先端の学術研究都市だ。しかも移動可能な人工島。レベルファイブの能力者でもいそうな、若干のSFチックを感じる響きに、心躍らない人は少ないと思う。そこまでヒーローに興味のない、というとヒーロー科としては悪いかもしれないが、まあその私でも、ドキドキで壊れそうにもなる。
「アトラクションもあるらしいけど、轟くん絶叫系乗れる?」
「乗ったことねェが、いけるんじゃねえか」
「あっ……」
地雷踏み抜き女になってしまった。轟くんの家庭環境が少々特殊なことを、忘れがちになってしまう。まあ、思い出や経験なんて今から作ればいいし。
「じゃあ、一緒に初めてだね」
「……ああ」
「へへ、楽しみ」
笑いながら、お行儀が悪いけれど頬杖を付くと、またああ、と答えた轟くんが、ふにゃりと眉を下げた。口角こそ上がっていないものの、きっと、これも轟くんの笑顔の始まりなんだろう。って思うと、不器用なその表情が、かわいく見えた。
「エッやば……エッ、すごっ、えっ」
「緑谷みてぇになってんぞ」
「いやそれは無礼なんよ。じゃなくて」
轟くん緑谷くんのこと「エッ」ばっかのちいかわみたいなもんだと思ってたんだ、っかことは一回置いておいて、ファーストクラス、すっげ〜……。マッサージチェアみたいなシートは座席の幅が広いし、足を伸ばして座れるようになっている。ペアシートらしく、轟くんとは顔が見えるし会話が出来るけれど、轟くん側にある仕切りのおかげでほとんど個室に近い。やば、すごすぎ。巨額の富を得た気分になる。石油王かも、私。……轟くんか百と結婚すればこれが常時体制になるのか、と思えば、それも大いにアリ、っていうか最高〜! って気持ちになる。金と権力に弱い女、やらせてもろてます。感動してる間にも、ビジネスやエコノミーの搭乗が進んでいるらしい。飛行機内で階層で区切られているので、あんまり関係ないけれど。
「ねえねえ、飛んでからさ、なんかね、映画観ようよ」
「ああ、いいぞ」
二人の座席の前、真ん中に乗り物の中にしてはまあまあ大きなモニターが設置してある。その両横に、イヤホンが延びていた。映画でも動画でも音楽でもゲームでも、と説明書には書いていて、しかも日本ではまだ公開していない物まであるみたいだ。すっご〜い! ファーストクラス、すご〜! ラブだ。
「轟くんなんか観たいのある?」
「ん……あんま詳しくねぇんだ」
「映画とかあんまり観ない?」
「ああ」
「じゃあ私の好みでいい?」
「いいぞ」
許可を得た。ところで、ポーン、とアナウンスが開始される。フライト予定時間は4時間30分、到着時刻は13時45分らしい。緊急時の避難経路やツールの場所をCAさんが案内しているけれど、こういうのは前世から変わっていなくて安心する。とはいえ、個性社会の現代は、前でも低かった飛行機事故の発生率も、死傷者数もかなり減っている。ハイジャックは増えているあたり個性も一長一短、って感じはある。諸行無常〜。
ゆるゆると飛行機が走り始める。それから、轟音。一瞬身体にGがかかって、浮き上がるような感覚がした。窓を見ると、地上からぐんぐん遠ざかっていく。ふふ、楽しい。
「ん〜……」
ぴっ、ぴっ、とタッチパネルでページを繰りながら映画を眺める。ラインナップが多すぎるとそれはそれで迷っちゃうよね。優柔不断ピーポだから。ぴ、と押したページに表示されたうちの一つに、目がいった。
「あ」
「ん?」
「轟くん観たことある? ここらへん」
「いや、俺はこういうのは全く観たことねぇ」
「え! じゃあ観よ観よ」
かなり有名なD社の、超超有名なアニメ映画。流石というか、D映画めちゃくちゃあるなあ。シンデレラ、白雪姫、美女と野獣……流石にプリンセスたち大集結映画はまだ早いだろう。ラプンツェルのシーンも好きなんだけど、ここは王道を行こ。飛ぶシーンあるし。
「アラジン」
「ああ、歌うやつだよな」
「や、ここの映画だいたい歌うから」
「そうなのか」
ソウなんです。やっぱり不朽の名作だ。一番有名な歌のシーン、景色が綺麗すぎて大好き。初めて観た時、ドキドキした記憶がある。空の上で観る映画はまた一味違うだろうな、と思いながらイヤホンを耳にはめて、再生ボタンを押した。
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