天喰先輩と出られない部屋(10万打/天喰)



※下ネタ多めです

「マッサージってえっちなやつかなあ?」
「君はなにを言ってるんだ……?」

 

 すけべえっち同人誌でよく見る部屋に閉じ込められた。『マッサージしないと出られない部屋』と銘打たれたそれから連想するのなんて、思春期の脳みそならさあ。しかも、6畳ほどの白い部屋には、セミダブルかな? くらいのベッドと、タオル類の入った籠が置いてある。もうスケベじゃん。

「だって、マッサージってなんかほら、悪徳エロマッサージ技師みたいなの……よくあるじゃん……」
「よくはないと思うよ……どこの世界の話をしてるんだ……? 住む世界が違いすぎる……こわい……」

 人を痴女界の住民みたいに言われてる。なんでやねん。おこ。むしろこの状態でスケベチャンス到来! みたいにテンション上がらない天喰先輩に若干落ち込む。

「ねえ、私って魅力ない?」
「ヒッ……」

 シュン、とへこんだように潤んだ目で見上げてみたけれど、返ってきた反応があれだった。いや、私に魅力がないわけがないんだけど。知ってる。ありがとう。でもここは普通、「そんなことない! 君は俺の太陽だ……!」と返すとこなんよ。アンダスタン?

「は? ひってなに」
「いっ、いいいいいや、すまない、美人局かと……」
「先輩私のこと若干悪だとおもってない!?」
「まあ、……」
「まあ!?」

 なんてこった。たしかに性善説と性悪説なら悪よりかなあ、という自覚はあれど、ミジンコなみに気の弱い天喰先輩にまでそう言われるとは。ショック〜。え〜! と大袈裟に驚いてみせると、先輩の口元がうにょうにょして、それからゆるく弧を描いた。目が合うと、ごめんね、と一言。それから、ゆっくりと、まるで逃げ出す前走のように目を逸らしていった。

「冗談……です……」
「敬語でウケる」
「その、君は圧が強いから……」
「ディスってね!?」

 ディスられた。かわいそ〜私。大きめの声を出すと、ああうう、と先輩がコスチュームのフードを引っ張って自身の顔を隠す。……なんかこういう虫かなんかいたよね。びっくりさせると引っ込むやつ。亀の首かな? 天喰先輩って、切島くんとか緑谷くんにはまだ普通なんだけど、な〜んか私相手だと怯えてんだよね。かわいい女にびびってんのかな。

「な、なに?」
「や、なんかこういう虫いたなぁって」
「虫……」
「かわいいよねえ」

 虫は全般嫌いだけど、先輩はかわいい。さしずめうじうじむしだろうか。かわい。ふふふ、と笑いながらベッドに腰掛ける。うわ、かた。

「ね〜、ベッドかたいんだけど。ほぼ床」
「え……ああ、本当だ。マッサージ用、なのか……?」
「ぽいよね」

 エステとか、整体、マッサージ屋さんのベッドって感じ。あんまり沈み込むと施術しにくいから仕方ないんだけども。とはいえ、お顔の位置に穴が空いてるタイプでもない。マッサージってまじでどれ系なんだろ。なんでもいいのかな? 手のひらを指で揉んでもマッサージだし。一応個性柄、同世代よりは多少人体についての知識も、マッサージの知識もあるけど、本職には遠く及ばない。ペーペーだもん。うーん、と首を傾げて考えていると、先輩が落ち着かない様子で突っ立っていた。座ればいいのに。

「立ってないでこっちおいでよ」
「うっ」
「あ、緊張してる〜?」
「っ、」

 当たりみたいだ。まあ先輩、この状況だと通形先輩とファットさん以外にびびりそう。特に女子相手。同性ならまだましなんかな。ポンポン、と隣を叩いて呼ぶと、おずおずと近付いてきた先輩が、少し離れてベッドに腰掛けた。いや、ソワソワしすぎ。童貞か? ……童貞だろうなあ。
 隣を見ると、膝の上に手を置いて、石にでもなったかのように視線を落として固まっている先輩が。かわいい。こんなん見ると、意地悪……イタズラしたくなっちゃうのが女のサガだ。
 座ったまま近付くと、ピクっと肩が跳ねた。そのまま気にせず、太ももの触れ合う距離まで詰める。それから、ガチガチに握り締められた拳、手の甲にそっと指を這わせて、先輩の肩に頭をぶつけた。

「えっ、え、あの、緩名さん……っ!」
「ふふ」
「ッ!」

 くるくると、フェザータッチで手の甲に指先を踊らせる。天喰先輩の身体が、攣っちゃうんじゃないかってくらい力んでいて面白い。こんな戯れをしたら、だいたい相澤先生を筆頭に痛みで躾られるんだけど、今は先輩とふたりきりだ。白いフードの内側が、紅潮して色を変えていくのが見えて、高まった。あー、たのし〜。

「ねえ、」
「ぅ、あ、の、」
「ふふ、先輩の心臓、すごい音してる」

 やべ〜、痴女の気分。楽しすぎる。年下(今は年上だけど)の男の子、サイコー。先輩の腕を半ば抱き抱えている形のまま、甲を撫でていた手をつ、と手首へ滑らせる。うわ、手首まで手汗。おもろ。そのまま指先を円を描くように動かしながら、触れ合った太ももを少し動かして、裸の爪先を、靴下に覆われた自分の足で撫でた。先輩の指を摘もうとするけれど、靴下があるせいで難しい。

「うーん、やっぱり、靴下はいてるとつまめないねえ」

 話しかけても、密着した身体は、強ばったまま少しも緩む様子がない。めちゃくちゃ楽しいけど、ちょっといじめすぎたかな? 仕方ない、やめてあげようか。

「これでいけたかな?」

 パッと手を離して、拳ひとつ分距離を取る。反動で、先輩がベッドに倒れ込みそうになっていたけれど、ぐっと耐えて起き上がっていた。流石ヒーロー科ビッグスリー。
 こういう場合、条件を達成したらなにかしらアクションがあるもんだと思うんだけど、特になにも変化はない。やっぱりこの程度だったらだめか。フェザータッチも立派なマッサージだろうが! レギュレーション最初に提示しろバカ! と思わなくもないけれど、まあ、そうだろうなって感じ。私も別にマッサージだと思ってやってないし。あえていうならセクハラチャンス到来! みたいな感じだった。南無三。

「え、……? ……あ、マッサージ……」
「うん。でも、この程度ならだめっぽいかも」
「そうか、マッサージ……」
「そうそう、マッサージ」

 あくまでいまのはマッサージですよ〜、と繰り返して先輩に植え付ける。ナチュラルなマッサージだったのだ。決してセクハラではないのだ。楽しんでいたわけではないのである! 楽しんでたけど。
 そうか……と納得……洗脳? された先輩が、手で自分の顔を覆って、俺は……俺は……なんてことを……と懺悔するように呟いていた。あちゃあ、からかいすぎちゃった。先輩このまま自刃しますとか言いかねないよね。ちゃんとフォローしとこ。こういう時は別の話題で強制的に流すのが吉。

「先輩マッサージとかする? 得意?」

 ベッドから降りて、タオル類の入った籠を引き寄せながら尋ねる。身体的距離も一度離すのがポイントだ。綺麗に畳まれた、大きさの違うタオルが数枚ずつ。下には……うわ、紙パンツと紙のブラ出てきた。エステとか脱毛とかオイルマッサージ、もしくはスケベマッサージ店で使われるやつじゃん。え、これ着用義務あるのかな? ちょっと話変わってくるんだけど。その下にはコロンとオイルが転がっている。え〜……と思ったけど、アジアンテイストのオシャレな箱をあけると鍼灸セットも出てきたから、たぶん有名なマッサージの必要セットがあらかた入ってる感じかな。流石に素人が鍼だったりお灸だったりは危険すぎるし、全部使わなくてもよさそうだ。安心。

「マッサージ、は、そうだね、それなりに……」
「やっぱ三年になると授業でやるのも増えます?」
「いや、二年の時が多かったんじゃないかな。基礎は一年の初めにやった、よね?」
「うん。まあ、クールダウン用のだけど」

 入学してすぐ、個人に合わせた身体作りの方法が示される。筋トレした後とか、運動後のためのクールダウンのストレッチを実習で教わる。ひとりで出来るものから、ペアになった相手に施行するものまで。それから、応急手当の一部として、人体についての座学もヒーロー科の授業にはある。だから、出来ないわけではない。

「オイルとかはやってないよねえ」
「それは流石に……」
「ね」

 紙の下着類は推定童貞先輩に見せるには刺激が強そうだから、オイルの入れ物だけ持ち上げて揺らして見せる。琥珀色の液体がとろりと傾いていく。うん、オイル使うのは普通にダルいし却下だな。

「鍼とかもあるんだけど、やったことある?」
「……受けたことなら」
「えっ、まじ?」
「うん。去年、だったと思う」

 ヒーロー科、いろいろと外部から講師をお招きしての授業、というより講習に近いこともするしなあ。

「痛かった?」
「いや、あの鍼は凄く細いから、痛みはなかったよ」
「はえ〜、私なら絶対びびってる」

 先輩ってビビりだけどそういうのは平気なタイプなんだ。精神的びっくりに弱い感じだ。よいしょ、と一応鍼灸セットのオシャレな箱を持ち上げる。なんかさ〜、箱あるとあれやりたくなるよね。あれ。

「ねえ、これ欲しい?」
「え……」
「二十個もあるの!」
「……?」

 言いながら、ぱかっと箱を開けて中身を見せてみたんだけど伝わんなかったわ。もぐりか?

「あれ、アリエル知らん?」
「あ……ああ、映画の。……? どうして急に……?」
「え〜、ノリ?」
「……緩名さんがわからない……」
「あっは」

 適当なノリ、わからなくさせてしまったみたいだ。通形先輩とつるんでるから大丈夫かなって思ったんだけど、そこはやっぱり積み重ねてきた歴史の差なんだろう。箱を抱えたまま再びベッドに腰掛ける。アリエルしたかったがために持ってきたけど、普通に使わないんだよねこれ。素人が安易に手をだしちゃダメな領域だし。

「ん〜、じゃ、普通にマッサージしよっかあ」
「あ、う、うん。そうだね」
「ん、じゃあ先輩、マント脱いで寝転んで〜」
「寝転ぶ……!?」
「楽だし」
「……うん」

 天喰先輩、ちょっと強めに押すとイけるから楽だわ。脱いだマントを丁寧に畳んで、ヘッドボードへ置いた。

「ん〜、この紫のも邪魔かも。このまま寝転んだら痛いでしょ」
「はい」
「敬語ウケる」

 くいくいとポケットがいっぱい付いたサポーターを軽く引く。複数あるポケットの中には、再現して使うんだろう食品が数種類入っていた。ヒロコスのポケットなに入れるか問題、個性出るよね〜。
 枕はないので、バスタオルをひとつ畳んで枕替わりに敷いた。

「はい、じゃあここどうぞ〜」
「……失礼します」

 サポーターやアイテムもろもろを取って、黒のインナーだけになった先輩を導く。覚悟を決めたように、というよりもはやもうどうにでもなれ、の表情で投げ出した先輩が、うつ伏せに寝転んだ。背中とおしりの間くらいにぺたんと座ると、グギュ、だかなんだか、よくわからない声が漏れた。

「すっ、座る必要は、」
「やりやすいんだもん」
「すみません……」

 押せ押せである。でもまじで座った方がやりやすいのだ。触るよ〜、と声をかけて肩甲骨のくぼみに手をかける。無駄な肉がないけれど、しっかり筋肉がついて引き締まっていた。ヒーロー科の中ではだいぶ細身な方だと思う。緊張なのかわからないけれど、先輩の身体は強ばっていた。ま、変に力入るよねえ。

「……先輩って太りにくい?」
「え……ああ、気にしたことはないけれど、確かにそうかもしれない」
「いっぱい食べる個性だもんねえ」

 手のひらに体重を乗せて、ゆっくり押し込んでいく。僅かに位置を変えながら、背中や首周りへ圧をかけた。

「好きな食べ物なに?」
「アサリ……かな。攻防共に使えて便利なんだ」
「あ〜、貝殻ね。かわいいよね」
「かわいい……?」
「かわいくない?」

 貝殻の形ってかわいい。私人魚なのかもしれない。

「アサリがかわいい、かはわからないけれど、その……リュウキュウアオイとかはかわいいんじゃないだろうか」
「え、聞いたことない! どんなやつ?」
「薄黄色の……ハート型をしていたはずだ」
「え〜かわい〜! 先輩再現出来る?」
「どうかな……食用には向かないんじゃないかな」
 
 この部屋は電波が通じないので、後で調べとこ。

「沖縄のやつ? 名前的に」
「おそらく……」
「沖縄行きたいねえ」
「……え、ああ、うん」

 沖縄、行きたい。少しだけ座る位置を下にずらして、腰の付け根あたりに手のひらを押し当てる。ちょっと窪んだところ。わりと適当にやってるけど、痛くないんかな。

「痛くない?」
「大丈夫だ」

 大丈夫らしい。強ばった身体からは、少しだけ力が抜けていた。肩に指をかけて、ぐにぐにと揉むと、う……、と小さく声が漏れたのが聞こえる。痛い? と聞くと僅かに首を振っているので、気持ちいい方なのかな。首めっちゃ凝ってる。現代っ子並感。

「先輩猫背だから首やばいじゃん」
「そ、うかもしれない」
「ふふ、ここめっちゃ凝ってる」

 ぐりぐりと緩く揉むと、先輩の身体から力がぐでっと抜けた。気持ちいいんだろうな〜。首と肩周りがやばい。

「ファットさんってさあ、なんか、めっちゃ商品化されてそうな見た目してるよねえ」
「ああ……こっちではあまり見ないけど、大阪ではいろいろ出てるよ」
「にくまんとかありそ〜」
「中身はプリン味だったかな」
「出てんの!? やば。いいな〜」

 実際にあったらしい。ファットマン。中身は甘い系なのも、見た目のチャーミングさから確かにって感じ。オールマイトのやつはたしかピザまん系だったはず。アメリカンだから……。冬季限定大阪限定の限定尽くしだけど、わりと毎年に近い頻度で出てるらしいから大阪行こ。ごりごりに固くなった首の付け根に親指を当てて、やんわりと押し込んだ。かたい。あんまりここらへん、揉みすぎてもダメなんだよね。プリン味の肉じゃないまん、美味しそうだけど味の想像がつかないな〜と思っていたら、先輩の口元がもにょもにょと緩く弧を描いた。笑顔、めずら〜。

「なんかおもしろいことあった?」
「いや……話題が、コロコロ変わるなと思って」
「あ〜ね」

 それはそう。浮かんだ傍から口に出てるもんな〜。天喰先輩、未だに私に対して緊張してるっぽいし、口数が多いわけでもないし、必然的に会話の主導権が私だから余計にそうだ。首から手を離して、肩、二の腕と揉んでいく。ぎゅっぎゅっと揉むと、筋肉の弾力が伝わってきた。

「美味しかった?」
「まあ、普通に」
「いいな〜。大阪も行きたい」

 いろんな事務所へのインターン、今は一時中止になってるから、再開したらファットさんのとこにも行けたらいいな。

「君が来たらファットも喜ぶよ」
「先輩は喜ばない?」
「……えっ、いや、その」
「わあ、揺れる〜」
「あっ、ごめん……」

 先輩が起き上がろうとしたので、乗ったままの私の身体は当然ぐらつく。あぶない。倒れないよう両肩を掴むと、先輩の身体がしずしずとベッドに逆戻りした。

「起きていーよ」
「あ、うん」

 ゆっくりと跨いでいたのを降りて、先輩の横に膝立ちになる。声をかけた先輩が身体を起こしたところで、カチャン、と解錠の音が鳴った。条件達成みたいだ。緩いわ。でもなんだかんだ長かったな〜。んん〜、とぐっと伸び上がると、横からおずおずと声がかかった。

「あの、ごめんね」
「? なにがあ?」
「いや、緩名さんに全て任せてしまって……俺の方が先輩なのに……」
「ああ、いーよそんなん。適材適所〜」
「う……」

 っていうか、天喰先輩じゃなくとも、年上の男から年下の女へマッサージしていい? とは言いにくいだろうし。それでも納得していない……というか、自分の不甲斐なさにネガティブモード発動しているみたいだ。おもろい。壁にめり込まんほど打ちひしがれている。面白いけど、若干のめんどくささはある。さっさと出て、そろそろお腹すいたしなんか食べたいところだ。こんなところ、長居するものでもないだろうし。

「せ〜んぱい」

 壁にめり込んでる先輩の隣にしゃがんで、顔を覗き込んだ。びくっ、と震えて跳ねる肩。

「今度さあ、先輩の奢りでご飯いこーよ」
「……緩名さんが、嫌じゃなければ」
「あは、嫌だったら誘ってないって」

 目線を合わせるために、私も壁に頭をつけた。頬がひんやりして気持ちいい。

「ジビエんとこ行こうよ、いっぱいあるとこ。先輩知ってる?」
「ああ、何軒か」
「私あれたべたいの、くま!」

 どんな味がするのか、普通に気になる。あと強そう。

「食べたことある?」
「缶詰ならよく食べるよ」
「強いもんねえ。どんな味する?」
「なんというか……癖が強い、かな」
「気になる〜!」
「なにを食べても熊の味がするよ」
「そりゃ熊だもんね」

 熊肉、面白そう。絶対食べたい。先輩に、サポーターや外していたコスの部品を渡しながら、熊肉の味を想像する。癖が強い、って料理においてはあんまり良くない評価なんだろうけど、一回は食べてみたい。……鍋? イメージ敵に。あと焼肉にしてる気がする。あ、焼肉食べたい。
 綺麗に畳まれたマントは、えいやっと上から被ってみた。横取りだ。うーん、私には長いな。裾引きずりそう。ズレる。

「ねー、みて、似合う?」
「な、なぜ……?」
「あったから着てみちゃった。似合う?」
「……うん」

 マント以外着終わった先輩に、じゃじゃーん、と手を広げて見せてみる。特に必要が無いから付けてなかったけど、マントって一回は着てみたい。

「これでかい」
「うん、そうだろうね」
「あとめっちゃずってくるんだけど」
「……おいで」

 被っただけのマントは、肩幅もあっていないこともあって、ずり落ちてきそうになる。悪戦苦闘していると、先輩がおいで、と言いながら少し近付いてきた。その手には、銀色のマスク。

「これがないと安定しないんだ」
「ほお〜」

 そう言いながら、マントの首元に付けてくれる。先輩も、なんだかんだ面倒見がいいんだろう。カチッ、とボタンのハマる音がして、先輩の手が離れた。マスクの重みで、マントの重心が少しだけ前に行く。ああ、なるほど。確かにこれで安定した。にしても、先輩が自分からここまで近付いてきたの、初めてなんじゃなかろうか。他人との距離あんま近くなさそうだしね。ニヤニヤしながら近い距離を見上げると、先輩がわずかに首を傾げた。

「……? ……! ごっごごごごめん! わざとじゃないんだ!」
「いや、なんも言ってないじゃ〜ん」

 両手を上げて一気に私から距離を取った先輩。大袈裟でうける。なんも言ってないんだけどね。決してセクハラのつもりは、とか、女の子にこんなに近付いてしまうなんて俺は、とか、いろいろと顔を青くしている。めっちゃ気にしいだ。面白いけど。

「ほら、早くでちゃお」
「……うん」

 先輩の手を引いて、いつの間にか現れていたドアへと向かった。
 熊の肉はうん。まあ……独特だった。



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