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試合自体は5分足らず、移動や準備を含めても10分ほどだったが、ほんの少し横になっただけでも身体の調子が落ち着きを取り戻した。テンションあがってはしゃぎすぎてただけだな。梅雨ちゃんの膝から頭を起こすと、くらっと一瞬世界の回る感覚。あるよね、こういうの。
「大丈夫? 磨ちゃん」
「ん」
大丈夫。急に動いたからちょっと目眩がしただけだ。頬に指を当てる梅雨ちゃんに頷いて、それからふわあ、と大きくあくびを零した。眠いのは眠い。次の試合が終われば放課後、多分1回リカバリーガールのとこへ行けばお昼寝出来るはずだ。あと一試合だし、眠気は耐えよう。
「眠そーじゃん、磨」
「やっぱり具合悪いんとちゃう?」
「んーん」
眠いだけ。三奈とお茶子ちゃんが覗き込んでくるのに、首を振って立ち上がった。梅雨ちゃんずっと固い床に座らせてごめん。目を擦ると、擦らない! と三奈から指摘が飛んでくる。だって。
「ふわぁ」
「またあくび」
「ケロ、眠そうね」
「磨ちゃんの個性寝なあかんしね」
そう、睡眠必須だから。個性関係なくとも睡眠は至福だ。
「うわ、身体あっつ」
ぺた、と三奈に引っ付くと、熱い熱いと笑われた。眠いとね、体温高くなるよね。勝ってくるぞ〜! と私の頬をむぎゅっとして気合いを入れる三奈の額に、コツンと自分の額をぶつける。真っ黒な瞳と目が合うと、どちらからともなく笑いあった。うん、まあ勝ってきてくれるって信じてる。
「あっほんまや、あったかい」
「んふ」
三奈から離れて、隣のお茶子ちゃんにも激励のようにぎゅうと抱き着いた。ほんのりと柔軟剤の匂いがする。あー、眠くなる。目を閉じるとそのまま寝れそう。なんたってお茶子ちゃんが柔らかい。抱き枕に最高。私のとこに永久就職してほしい。
「待って磨ちゃん寝てない?」
「おーい、起きろ」
「ん」
「起きてる?」
「ん」
起きてはいる。お茶子ちゃんから離れると眠気でフラフラしてきた。くわぁ、と3回目のあくび。やべ〜止まらん。多めに瞬きをすると涙が出てきた。
「緩名!」
「ん?」
「オイラも!」
だだだっ、と足元に何かが飛んできたかと思えば、目をキラキラさせて腕を広げた峰田くん。なるほど、みんなとスキンシップ取ってるからな。まあべつにいいんだけど。しゃがもうとすると、三奈とお茶子ちゃん、梅雨ちゃんの三人から肩を掴んで止められた。
「えっやめときなよ磨!」
「どさくさに紛れて最低ね、峰田ちゃん」
「なんでだよオイラもハグしてくれよォ!」
「下心が透けとるんよ……」
私以外の女子はドン引きしている。下心がここまで丸出しな男子高校生も珍しいけど、逆に清々しさあるよね。仕方がないので、峰田くんを両手で掴んで上に高く掲げた。あーーーすべんにゃーーーー。
「ライオンキングじゃん草」
「違っげェえんだよ! 緩名! おいコラ下ろせ抱き着かせろォ!」
「最低ね」
折衷案キラッ☆ だったんだけど、お気に召さなかったらしい。いいじゃん、シンバ。峰田くんが騒ぐから注目が集まってきている。そして笑われてる。主に峰田くんが。
「アハハ、楽しそうだね……」
「お、デクくん」
「離せコンニャロー!」
「ん」
「え? あ、ありがとう……?」
いや、ありがとうではないのか……? とブツブツ言いながらも、緑谷くんは押し付けた峰田くんを受け取った。ウケる。なんかまた元気出てきた。試合楽しみ。
「うわあっ、緩名さん!?」
「磨ちゃん!?」
「ふふ」
とんっ、と軽くぶつかって緑谷くんの首元に腕を回すと、近付いた距離にそばかすのある頬を赤く染めた。かわい〜ね。なぜかお茶子ちゃんも焦った声を上げてるんだけど、これはもしかしてそう言うあれですか? 私空気読めてないことした? や〜ば、焦る。夢見心地のまま行動したらダメだな。緑谷ズリィぞ! と騒いでいる峰田くんを尻目に、お茶子ちゃんも緑谷くんに投げ飛ばすべきかと思考していると、後ろから私の首に細い腕が巻き付いてきた。白く嫋やかな指先が目に映る。少し力をかけられると、ぽすん、と柔らかな感触に着地した。
「こっ、だいさん」
「ん」
振り向くと、端正な顔がすぐ近くにある。唯ちゃんまじ顔かわいいな。顔がかわいくて顔がかわいい。私が正気じゃなければキスしてた。謎の抱擁だけど美少女からの抱擁はご褒美なので、理由が分からなくとも、例えなくても受け入れる。ジャスティスキュートだもんね。最高、とトロトロしていたら、三奈がじとっと睨んできた。
「……磨の面食い」
「私も流石にどうかと思う」
「オイラはアリ」
「……尻軽め」
「ハァ?」
三奈、お茶子ちゃん、峰田くん、それから物間くんだ。唯ちゃんにしっぽ振ってる自覚はあるのでA組に責められるのはわかるけど、物間くんのセリフはわかんない。なんでや工藤。ガンを飛ばすけれど、行くよ、と唯ちゃんに声をかけて行ってしまった。せやかて工藤。ほんまか工藤。遠ざかっていく背中を見ていると心操くんと目が合って、首を傾げながらも親指を立てておいた。
「あ、私らも行かな!」
「そだね! 行ってくる!」
「ん〜」
がんばえ〜、と最終試合の4人を送り出す。ラストだ。どうなるかなあ。
「きゅ」
「顔が赤いな。熱は」
「あら、本当ね」
誰のとこ行こうかとフラフラしていたら先生に捕まってしまった。ねむい、とだけ書くと、訝しげな目で見られてしまう。触れるぞ、と声をかけられてから、額にひんやりとした先生の手が触れた。
「……熱いな」
「んーん」
ねむいから、と押し出してアピールしておく。あと一試合だ。移り病でもないし、ほんの少し平熱より高いだけだもん。両手を胸の前で組んで上目遣いで先生を見つめた。お願いペガサス。みんなの夢を守って! の気持ちでじっと見つめると、ハア、と溜め息が。これはいけたな。よかった。まああと一試合だしね。
「大人しくしとけよ」
「ぁい」
釘を刺されたので、元々別に騒がしくするつもりもなかったけれど、素直にお返事した。ミッドナイト先生に背中を向けて立つと、後ろからするりと長い腕が回される。いい背もたれだ。花のような甘い香りは、個性に由来するものだろう。ミッドナイト先生は背が高いので、後ろから抱き締められていると細いけれど安心感がある。すんごい撫で回されてるけど。それはもう、ブラド先生が無言で目を逸らすくらいには揉みくちゃに撫で回されてるけど。別にいい。
『でーんーわが』
「っと失礼」
「切っといてくださいよもー」
「もー」
開始の合図から直ぐ、鬼ダサ着信音が響いてオールマイトが席を外した。自分の声を着ボにすな。あれはナシね、というミッナイ先生に首がもげるほど同意する。ナシだ。
ラストの組は、四試合目のチームと若干構成が似ているけれど、索敵役がいないため、緑谷くんがぴょんぴょんと走り回っている。個性の調整、最初全くだったのに今はかなり上手くなってるなあ。暴走したって聞いたけれど、見る限りではまだ大丈夫そうだ。キャア、と響いた声。あれ、心操くんかな。え、心操くんがキャアって言ってるとこちょっと見たい。個性……演技? 訓練はほとんど一緒にしてないから、見たことないんだよね。今度私の真似もしてもらお。
『恵まれた人間が世の中をぶち壊す』
モニターから、物間くんの声が響く。心操くんの個性をコピーしてるのか、はたまた単純に素の性格か。緑谷くんを煽る煽る。爆豪くんについて。
『平和の象徴を終わらせた本人がさァ!』
その言葉をキッカケに、緑谷くんの力が暴走した。
私も、同じなのにな。
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