143



 第三試合は気絶者多数で、反省会はまた後で、になった。慣れちゃって麻痺してたけど、気絶者多数の高校の授業って冷静になに? やばいよね〜、ヒーロー科がヒーロー科たる、って感じ。作戦会議をするらしく、物間くんに心操くんが引き摺られていった。元気〜。そして私も、残り二試合を残して消えていたはずの眠気が再びやって来ている。薬がね。そう、薬が。眠くなるやつだから仕方ない。ぎゅっと強く目をつぶって、それからパチッと開く。始まる前、先生に体調が悪くなったら保健室に行っていい、って言われたんだけど、ただ眠いだけで体調が悪いわけではないし、あとちょっとだし、起きて見ていたい。

「あ、来た」
「緩名ジンクス精度低くね?」
「むっ」

 フラフラと第四チームに歩み寄って、響香の肩に後ろから顎を乗せる。勝手に作られたジンクスなんて知らん。顎下と頭を挟むように響香の手がワシャワシャ撫でてくる。受け入れてイ〜ッって顔をすると、ぶっさいく、と笑われた。なんてこと言うんだ!

「ま、ウチらが勝ってくるから」
「ん」

 いつになく強気な響香、イイ。すりすり頬ずりすると、やめて、と押しのけられ。ひどい。えーんえーんと泣き真似をすると、砂藤くんが苦笑しながら慰めるように背中をぽんぽんしてきた。シュガーマン、なんかくれ。

「物乞いか」
「ふふ」
「寮帰ってからな」
「ヤハ」

 作ってくれるらしい。言ってみるもんだね〜やっぱ。言うだけタダ。え〜ババロア食べたい。食べたくない? 食べたいよね。食べたいわ。

「緩名ホント元気ね」
「そ?」
「そーそー。……あんま無茶すんなよ?」
「ん」

 屈んだ瀬呂くんが、耳元でボソッと声を落とした。うん、大丈夫。言うても見てるだけだし。瀬呂くんも頑張れ、と気合いを入れるように笑って目の前の肩を叩くと、薄い唇をぎゅっと噛み締めて、何かを耐えるような表情をした。何か。なんか、多分ニヤケとかそういうやつ。なんで?

「ん?」
「いや、なんでもない……なんでもねえの」

 え、絶対なんでもなくないじゃん。ん〜? とニヤニヤしながら下から覗き込むと、やめなさいて、と顔を押しのけられた。またかい。なんでかは分からないけどなんとなく照れているっぽくて、ああ、もしかして今朝、深夜? のあれかな。珍しく弱気になってたもんね。ふーん、かわいいとこあんじゃん。越前リョーマみたいになっちゃった。ふふふ、と笑って、背伸びをして顔を隠すために少し俯いている瀬呂くんの頭を撫でた。瞬間、隠しきれないくらいぶわっと紅潮する顔。おもしれ〜。

「もう、ほんと、マジ、勘弁してくだサイ……」
「ふは」

 朝とは打って変わってかわいーじゃん。ニヤニヤする。写真撮っときたかった〜。

「磨って瀬呂と付き合ってんの?」
「ん?」

 横から掛けられた声にそっちを見ると、きょとんとした切奈がいた。いや、付き合ってないけど。知ってるでしょ。切奈、性格が馴染みやすくて、B組女子で一番話しやすいので、仮免前に話した時以降ぼちぼち交流があるのだ。ヒーローコスチューム、やっぱなんかいやらしいな。うん。ふるふると首を振ると、ふーん? と少し楽しそうな声が返ってきた。うん、三奈属性。前からよく言われてたけど、最近以前にも増して誰かと付き合ってんの? って聞かれることが増えたな。それだけ仲良くなってるってことだ。どんっ、と軽くぶつかるように抱き着くと、笑いながら抱き返してくれる。ハア〜、ギャル、好き。

「うわ、ハハ、元気そうじゃん」
「ん」
「メッセくれたから知ってたけどさ、まあ良かったよ」

 スン、と鼻を鳴らすと、ギャルの匂いがする。甘いけれどスパイシーさがあって、多分香水じゃなくてヘアミストだろう。嗅ぐな嗅ぐな、と笑う切奈は快活で好きだ。

「んぁ」
「あ、爆豪」

 後ろから伸びてきた手に顔面を鷲掴まれた。グローブ、それから篭手の固い感触。まあそれがなくてもこんなことするのなんて、一人くらいだけど。こっち病み上がり、いや絶賛激病み中なんだけど! 昨日の優しさカムバック。あれが常なのはちょっとなんかソワソワしちゃうかもだけど、あの優しさの一欠片くらいはオールウェイズでもいいのに。トン、と顔を掴まれたまま引き寄せられて、後頭部が爆豪くんの肩に当たる。あ、切奈が面白そうな顔してる。三奈と切奈が仲良くなったら後が怖いな。視線だけで斜め後ろの爆豪くんを見上げると、ガッツリ目が合って、ガッツリ睨みつけられた。

「ヘラヘラしてんな、ブス」
「……ァ?」
「耳まで悪ィんか、ブス」
「ハーッ!? げほっ、こほっ」

 こんな美少女を捕まえて!? 目悪いんじゃない!? キーッ、と怒るとハッ、と鼻で笑われた。ちょっと嬉しそうにしてんじゃないよ! B組と私が仲良ししてたから嫉妬だってわかってんだからね! 察しの天才だからさ、私。爆豪くんも全くかわいいヤツめ。頬を潰されるのは気に食わないけど、かわいさに免じて許してやろう。振り向いてかわいい猫パンチ繰り出してやろうと思ったのに、お腹のあたりをぐっと押さえつけられた。それから、頬に見た目よりずっと柔らかい髪が当たる。くすぐったくて身を捩ると、密やかな吐息を耳に感じた。

「調子悪ィならフラフラしてンな」
「……え?」
「見てたらわかンだよ! 体調管理くらい仕事の内だろうがァ!」

 身体熱ィ、と言われて、初めて若干発熱していることに気付いた。うーん、はしゃぎすぎたか。まあ好転反応だろうし、そんなに気にしなくても大丈夫だ。多分。座ってろ! と背中を押し出されたので、言われた通りに地面に座った。確かに、さっきよりも地面がひんやり感じるかもしれない。マジで全然気付かなかった。調子の悪い時、私より先に気付くとかさ。爆豪くん、愛じゃん。



「なにしてんの? コレ」
「地面が冷たくて気持ちいいんだって」
「え? それ熱でてんじゃ……あ、大丈夫なの?」
「ん」
「はしゃぎすぎたそうよ」
「ダッセ」
「あ?」

 地面に身体を付けて、梅雨ちゃんの膝に頭を乗せて寝転がりながらモニターを見上げる。絡んできた上鳴くんは後で殴る。

「なんで梅雨ちゃん膝枕してんの?」
「女の子の膝に抱かれたい! って言ってたー」
「峰田かよ……いてっ、ごめんって、蹴んなよお〜」

 寝るなら女の子の膝がいいでしょうが! 百はまだ戻って来れてないし、響香は試合中、三奈とお茶子ちゃんはこれから試合で、梅雨ちゃんのお膝が空いていたのだ。この言い方自分でも流石にキモいな。

「爆豪ちゃん、さすがね」
「ねー」

 ぶっちぎる爆豪くん。うん、やっぱり流石だ。チームメイト相手の言葉遣いではない。ふふ、かっちゃんらしい。梅雨ちゃんの大きな手に髪をサラサラと撫でられる感触が心地いい。手がね、ひんやりしてるの。カエルだからかな? 不思議〜。

「あ」

 一瞬のピンチに陥ったけれど、響香を爆豪くんが助けて、一旦仕切り直しだ。足蹴で。足蹴でも庇ったのは庇ったし、爆豪くんは元々そういう面ではクレバーに動ける人だ、と思っている。アンタ爆豪くんのなに!? って発言だな、ウケる。
 切奈の個性、再生するバラバラフェスティバルって感じ。強いよね。自分の身体が分割するの、どういう感じなのか少しだけ気になる。個性の発現時とかかなりホラーになりそう。

「ふふ」
「爆豪ちゃん、ぶちギレね」

 配管と爆豪くんの身体を溶接した泡瀬くんに対してぶちギレてるの、面白さしかない。いや、頼もしさもあるんだけどね。泡瀬くんの始末を、瀬呂くんと響香に任せる爆豪くんに、胸がジン、とする。かっこいいな。切奈を追う顔は、まあ悪鬼羅刹に近いものはあるけれど。それもそれでかっこいいじゃん。
 それから爆豪くんは鎌切くん、切奈を的確に素早く捕捉して、第四試合、A組の完全勝利だ!



PREVNEXT

- ナノ -