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 目が覚めた。喉バカ痛ェ〜! ハ? なにこれ。扁桃腺炎のクソ鬼ド級にヤバいバージョンみたいな痛さがある。パンパンに腫れてそう。緩名磨(エリマキトカゲの姿)だ。無理なんだけど。顔周りにポンデリングこしらえちゃった。

「あ、起きました?」
「ッ!」
「アラ、まだ喋っちゃダメだって」

 ビビった。ひょい、っと横脇から覗き込まれて、思わず声を上げそうになると、喉がよけいに引き攣って痛む。反射的に手で抑えようとしたけれど、怠くて重くて、指の1本すら動かす気にならなかった。仕方なく視線だけでホークスさんを見上げる。意識が落ちる前の記憶は、かなり朦朧としていてハッキリとはしないが、一応少しはある。荼毘に焼かれてからは特に不鮮明だけど。真っ白い清潔な病室、それからホークスさん。助かったと見て良いよね? 正直ホークスさん、なんかバカ胡散臭いんだよなあ。いや、こんなこと言っちゃダメなのかもしれないけど。タイミングがさあ。

「水、飲む?」
「……」
「ちょっと待ってね」

 声が出せないので、小さく頷く。ピ、と音がして、ベッドの背中の部分がゆっくりと起き上がった。いいよね、このタイプ。部屋のベッドもこれがいい。ダメ人間育成計画。
 はい、とホークスさんに差し出されたのは、よく介護等で見かけるあれだ。吸い飲みのやつ。短いジョウロみたいな。いや、分かる。この喉の痛み、おそらく炎症が起こってるから、その為なのは分かるんだけど、なんかこう、さあ。まあいいけど。むっと頬を膨らませてから、薄く口を開くと、ゆっくりと飲み口が差し込まれた。舌に触れる常温の水は、ちょっと甘い気がする。薬入ってんなこれ。いいけど! 水を飲むだけなのに喉が痛い。マジ荼毘あの野郎次会ったらどつきまわしてやる。月夜ばかりと思うなよ。

「は……、」
「もういいの?」
「ん……」
「ちょっとごめんね」

 鼻から抜くように吐息で返事をすると、喉がまだ比較的痛まないことに気付いた。息多めで行こう。ASMRのシチュエーションボイスのように。
 ごめんね、と一言、腰を曲げて、それなりに近かった距離を更に近付いてきたホークスさんに、びくっ、と肩が跳ねた。完全に無意識だ、なに今の。怯えてるようになってしまって、少し悔しい。一瞬目を細めたホークスさんの手が、額に触れる。冷た。気持ちいい。あー、熱出てるんだな。喉の腫れに全身の気だるさ、節々の痛み。自覚症状としてはバッチリである。自分の姿を見れてないから多分でしかないけれど、火傷や傷はだいたい治っているような感じがする。神野以降、個性のキャパ増えててよかった〜。思考が若干ポヤつきフィーバーしてんのは発熱のせいだなあ。てかどれくらい寝てたんだろ。いや、ていうかなんでホークスさんいんの? やたら甲斐甲斐しいけど、そんなに仲良くなったわけではない。なぜ? ジッ、と見つめると、ホークスさんも見つめ返してくる。数秒の奇妙な見つめ合い。猫だったら殴り合いしてる。そんな空間を打ち破ったのは、ノックの音だった。

「緩名さん、失礼します」

 ホークスさんがナースコールを押していたようで、看護師のお姉さんやお医者さんが入って来られた。病院なのでだいたいまあそうだよね。

「じゃ、俺は一旦出ときますね〜」
「はーい、またお呼びしますんで」

 カムバックしてくるんかい。



 軽い検診を受けた後。お医者さん達がまた後でと帰って、再びホークスさんと二人きりになった。どうやら私が保護されてから、丸一日と数時間が経っているみたいだ。想像よりは意外と寝てた時間短かった。
 身体に受けた怪我は、もうほぼだいたい治っている。折れたとことか数分で治るもん。執拗に炙られた首にはまだ、男の手形の火傷痕が残っているのと、同じくその中。喉の方も、かなり治ってはいるけれど、気道熱傷から炎症が起こって、それでパンパンに腫れてしまったようだ。発熱も、炎症からの物と回復能力強化のバフがかなり強めに発揮されていたようで、個性の使いすぎでの二つの要因からなっているみたい。それでも、回復能力の高さにお医者さんが超驚いてた。健康だけが取り柄です。うそ、顔と性格も良いです。誰にアピールしてんの?

「ごめんね」
「?」

 ぼんやりと日の落ちた外を見ていると、ベッド脇の椅子に座ったホークスさんから、謝罪の言葉が聞こえてくる。ああ、思い出した。気を失う寸前も、そういえば謝られたな。なんで謝るのか……と一瞬考えたけど、うーん、まあインターンで呼んだ生徒が、私じゃなけりゃ死んでる大怪我をしたのはやっぱ責任とか感じるのか。罪悪感とか? とはいえ、仮免ではあるけどヒーロー免許を有しているんだから、怪我も最悪の事態も、本人の責任ではある、と私は思う。あくまで私はね。それに、敵の襲撃は、ホークスさんのせいではない。ない、よね? なんか若干さあ、襲撃のタイミングとか、まるで私がいるのが分かっていたようにお母さんの脳無、が備えられていたのが怪しいのは怪しいんだけど。いや、怪しいな。怪しさ満点だな。でも現No.2だし、疑うべき人間がホークスさんのみかと言うとそういうわけでもないし……どうなんだ? 流石に白でいてほしい。私が考えたところで結論が出るものでもなし。とりあえず生きてるから、まあ許したろ。
 たっぷりと思案して、許す、とホークスさんに伝えようとしたところで、そういえば声出すと激痛な事を思い出した。あー。スマホとかどこいったかわからないし、軽く見渡しても何か書くものがありそうな感じもしない。探せばあるかもしれないけど。

「ん、どうしました? ……手?」

 鉛のように重たい腕を持ち上げて、ホークスさんの腕をツンツンつつく。パーを見せつけると、首を傾げたまま私の真似をした。広げた手のひらに、指で文字を書いていく。シルヴァラント編最後の方のコレットかよ。誰がわかるんだこのネタ。
 ああ! とホークスさんが納得したような声を上げた。

「ゆ、る、す……ハハハハハ!」

 ゆるす、と端的に書けば、ぱちぱちと数度瞬きをしてから、ホークスさんが大きく笑った。笑い声うるせ〜。頭に響く。むぎゅうとクシャクシャに顔を顰めると、ああ、ごめんごめん、と今度は軽く謝られる。許さん。

「ハハ、ありがとう、磨ちゃん」

 急に名前呼びすな。びっくりするやろがい。別に呼び方なんて好きにしてくれていいけどさあ。まだ小さく笑いを零すホークスさんの手に、続けて文字を書き込む。

「ホ、ク、ス、さ、ん、は……ああ、長いしさんいらないよ」

 敬称略でいいそうだ。フゥン。気を取り直して、なんでいるの? と尋ねたら、一応監督責任者なんで、と答えられた。それもそうか。今回の私のインターン先、ホークスの事務所だし。ホークス以外会ってないけど。ははん、と一人で納得していると、ホークスの、私に掴まれていない方の腕がゆっくりと持ち上がる。おそらく怖がらせないようにだろう、落ち着いた動きでス、と指先が髪を撫でた。ああ、めっちゃ短くなったな。焼け焦げた先の方は手入れされた様子があるけれど、あくまで応急処置程度だ。これは1回ちゃんと整えないとダメだな。すり、と切りそろえられただけの髪の先を、ホークスが指でくすぐった。

「髪は女性の命って、言うでしょ」
「?」

 まあ。

「こんな風にしちゃって……これは責任取らなきゃですね」
「……」

 絶対思ってないだろ。うげろ、と舌を出すと、ハハハ、とまたホークスが笑う。絶対思ってない。付き合い浅いけど分かる。適当言ってる。知らないけど。ノリとは言えまあ一応プロポーズ紛いのことをされたので、お返事はきちんとしようと、ホークスの手に指先で文字を書く。NO タイプ。

「おっと手厳しい……えー、俺タイプじゃない? 結構モテんやけどなあ」

 そりゃモテるでしょうね。ヒーローチャート上位だし、かっこいいし、若いし。ふん、私もモテるもんね。張り合ってこ。ていうか、私個性で髪の伸びる長さもある程度早められるんだよね。1日2日で、とは言わないけど、2〜3週間くらいあれば多分元通りくらいまで伸びる。はず。たどたどしいながらもそう説明すると、へえ〜便利やねえ、と感心しながら頷いた。

「なんだ、俺結構本気だったのに」

 ハイ嘘。おこおこおこだ。プン、とおこの絵文字の顔真似をすると、膨れた頬を愛らしかねー、なんて思ってんのか思ってないのか分からない言葉と共に柔らかく包まれた。やっぱり、手が冷たく感じる。私が発熱してるからなのかな。ひんやりした温度にほっと力を抜くと、ホークスもふっと纏う雰囲気を弛緩させた。もとから柔らかかったけど、なんか、もっとこう、あれなの。
 ぐっと身を乗り出したホークスと、視線が合う。近いんだよなあ。固い指の腹で頬をなぞられると、くすぐったくてふわふわする。

「でも、磨ちゃんじゃなかったら本気で危なかったからね。お詫びになんでもしますよ」

 お詫び。お詫びかあ。お詫び……。若いとはいえ、チャート上位のヒーローだ。金銭的なことは気にしなくてもいいだろう。
 さっきお医者さんに言われたことだけど、私は明日には帰らないといけないみたい。どうも、残っている怪我も自然治癒で治るだろうというのと、雄英にはリカバリーガールがいる。まあ今こっち来てるみたいだけど。それから、福岡ではなにかあった時の守りが弱いのが原因だ。エンデヴァーさんには遅れるだろうけれど、明日の内に雄英に。つまり。
 私はまだ、福岡グルメを堪能していない。ホークスの手を取って、今一番望むものの名前に、指先を滑らせた。

「え、なに? う、め、が、え、も、ち……? あ、買って来いってことね。……え、待ってホントに考えてそれ!?」

 だって梅ヶ枝餅食べたいじゃん。なかなかあっち出店してくれないんだもん。食べたい。喉痛いけど、根性で食べたい。あとごまさばも食べたいけどごまさばは無理。通りもんとか博多の女はいけるかな? めんべいは刺さって喉破裂して死ぬ。ラーメンも難しそうだな、啜るのが。明太子は腫れた喉にダイレクトアタック4倍弱点って感じ。悲しい。食べたいものが食べれない瞬間、とても悲しい。想像してシュンとすると、力が抜けたように笑ったホークスに、短くなった頭をくしゃくしゃに撫でられた。距離を取れ。
 事情聴取とかは明日にしましょう、とホークスが言って、そこで窓の外が真っ暗になっていることを知った。気付けば、もうとっぷり夜が落ちていた。



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