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 朝。わりと早くから看護師さんに優しく叩き起されて、検温、検査、それからざんばらになった髪を整えられた。首元で綺麗に揃えられたボブカット。ボブになったんだよな髪は。こんなに短いのは久しぶりだから、ちょっと新鮮でワクワクする。とはいえ、今は個性のリソースを身体を治すことに割いているけれど、身体が治ればガンガン髪にバフかけて元通りにする予定だ。やっぱり慣れた長さの方が落ち着くし。仕上げに、と看護師のお姉さんが緩く巻いてくれる。あー、コテ細いの買わないとな。鏡に映る姿は、なんとなく見慣れないけれど、まあまあ悪くないんじゃないだろうか。
 解熱剤が効いているようで、今はある程度発熱は落ち着いているけれど、また薬が切れたらぶり返すだろうから気を付けること、と念を押された。昨日よりはまだマシだけど、相変わらず喉は痛い。声出せない。この調子だと発声まであと2、3日かな、らしい。ほーん。コンコン、と病室にノックの音が響いて、看護師さんが扉を開ける。あっ。

「おはよう、磨ちゃん」
「緩名、無事か」
「あんたも本当に怪我の多い子だねえ」

 ホークスに、エンデヴァーさんとリカバリーガール。わあ。パッと腕を広げて近付くと、ハイハイ、と慣れっこのリカバリーガールが軽くハグして背中を叩いてくれた。入学してから、神野以来二度目の入院だ。しかも今回ほぼ死んでたし。たしかになかなか心配かけてるな。

「……俺もか」

 リカバリーガールから離れて、腕を広げたままエンデヴァーさんに向き直ると、おずおずと大きな身体に抱き締められた。安定感がやっぱり違う。腕を伸ばして首元に抱き着くと、暖かい手が背中と膝裏に回って、そのまま抱き上げられる。ホークスと看護師のお姉さんが目を丸くしていた。

「なんだ」
「いやあ、パパ活みたいですね」
「くだらんことを言うな」

 エンデヴァーさんの顔に残った、大きな傷跡。指で触れると、ざらついた皮膚の感触がした。そのままどこかへ歩き出した御一行。私はされるがまま連行される。なに? どこ?

「今から事情聴取……と言っても、だいたいはあの場にいたヒーローから聞いてるんで、磨ちゃんは確認程度でいいんだけど」

 大丈夫? とホークスに聞かれて、コクンと一つ頷いた。そっか、事情聴取。そういえば、昨日は何も聞かれなかったな。目覚めたばっかだからそりゃそう。ホークスが帰ったあと、早々に寝ちゃったし。
 リカバリーガールは院内を回って帰るらしく、会議室のようなところには、私とホークス、エンデヴァーさん、それから警察の人達。優しそうな人だ、よかった。



 事情聴取自体は、本当に確認作業だった。喋れないことを考慮して、スケッチブックとペンを渡され、だいたいはそれで受け答えだ。あとスマホが返ってきた。現場に落ちていたのを、一緒に動いていたヒーローの誰かが拾ってくれたらしい。保護シートバキバキになってて泣いた。ゴリラガラスにしよ。充電が切れていることに気付いて、警察の人が充電コードに繋げてくれた。ラブい。
 確認作業がほぼなのは、基本的にほとんど常に誰か他のヒーローと連携して動いていたからだ。孤立したのなんて、脳無……にぶっ飛ばされた後くらいなはず。そして、荼毘との会話も、炎に遮られながらも私を助けようと周りに集まっていた数人のヒーローが、だいたい聞いていたらしい。手間が省けたいえ〜い。

「……君と対峙した脳無の素体が、プロヒーロー『スノーホワイト』だったことについて伺いたい」

 来た。多分、きっと、私に聞きたいのってこれくらいだろうな、とは思っていた。脳無は回収して、現在調査の最中らしい。伺いたい、と言われても、私も荼毘から聞いた事、しかも焼かれて死にかけている最中に、ぐらいしか情報がないんだけど。
 きゅ、とスケッチブックに、覚えていることを書き込んでいく。荼毘は、母親だ、と確かに言った。巻き込まれて死んだ、と言った。……あのテロを裏から糸を引いていたのはAFOで、その狙いが、私だった、と言っていた。個人的には、これが一番くるなあ。死傷者が少なからず出ているんだもん。神野の時ほどじゃないけど、それでも、だ。背筋が凍えそうな程の熱を思い出すと、指先が少し震えて、頬の内側を噛み締める。隣に座っているホークスの手が、私の背中をそっと撫でた。
 それから、荼毘に勧誘を受けたこと。一緒に来いよと言われて、なんて返したか。多分、バカかボケかカスか……死ねだったかな? なんかそこらへんだったと思う。口が悪い、とエンデヴァーさんに少し叱られた。殺されかけたんだもん。

「ふむ。居合わせたヒーローが聞こえた内容と差異ないね」

 箇条書きにした内容を見て、警察の人が調書を取っている。個性『遠耳』のヒーローがいたみたいだ。救助に役立ちそう。あ、響香に会いたくなった。早く雄英戻りたい。A組が恋しい。連絡も取らなきゃ、心配かけただろうし……充電ないんだったわ。うーん、ホームシックになってきた。人生辛ぇ〜。

「君は連合から勧誘を二度受けているね。何か思い当たることはないかい」
「……」
「ちょっと」

 警察の人を止めにかかったホークスの、袖を引いて止める。まあ、確かに不躾な質問ではある。とはいえ、相手もお仕事だ。無表情を貫いてはいるが、警察の人の瞳が揺れているのも見える。ただホークスの私からの好感度は上がった。良い人じゃん。
 連合に勧誘される理由。そんなの、ひとつしかないだろう。生い立ち、と。一言だけ、書き落とす。ここにいる人、いや、日本にいる人の半分は私の生い立ちを知っているだろうから。上っ面のものだけだけど。なんたって誘拐被害中に全国放送で家庭環境暴露されちゃったからね。仕方ない。まあ、個性が便利だと言うのもあるけど、それら全部をひっくるめて生い立ちだ。警察の人が顔を歪めて、また口を開いた。

「……君は、あの脳無が『スノーホワイト』本人であると思うかい?」
「ッ、いい加減に」

 どうどう。立ち上がりかけたホークスのお腹に腕を回して抑える。この人意外にこう、熱血漢? とは違うけど、やっぱりヒーローしてるだけあって、正義感とか、他人への思いやり強いのかな。胡散臭いとか思っててごめん。あの逆隣のイカついおじさん、ちょっと熱い。
 お母さん本人であるかどうか、か。どうなんだろう。皆さんご存知の通り、関わりがわりと薄かったから。たまに会う親戚、サザエさんで言うノリスケおじさんぐらいの位置関係だった気もする。でも。

「本人ですよ、か……」

 きっと、本人だろう。私の中の、何かがそう言っている。過ごした時間が一般の家族よりは少なくとも、血の繋がりは確かだったから。うん。多分、きっと彼女、お母さんだろうなあ、と謎の確信めいたものがあった。

「そう、か。……調査の結果は、また追って報告することになる。病み上がりに手数をかけたね。協力、感謝する」

 ペコ、と会釈をした警察の人に会釈を返して、聴取は終わった。



「磨ちゃん、一応買ってきたよ」
「なんだそれは」
「梅ヶ枝餅っす。エンデヴァーさんも食べます?」
「いらん。……緩名は食えるのか」

 再び私の病室へ。ホークス、律儀なことな朝イチで梅ヶ枝餅買いに走ったらしい。ウケる。やったあ。喉痛いけど気力で食べる。半分だけ。手で半分にカットするジェスチャーをすると、ああ! と理解したホークスが薄い紙で包まれたそれを半分に割った。わあい。

「……!」
「幸せそうに食べるなあ」

 舌に触れる、あんこの控えめな甘さが心地よい。出来るだけいっぱい噛んでから飲み込む。いや喉いた。でもうま。生を実感してきた。やっぱり食と生は一致してる。医食同源。
 モチモチと口を動かしていたら、エンデヴァーさんがふ、と口元を緩めた。どしたの、かわいい。

「俺は先に帰る」
「あ、お見送りします」
「いらん」
「そう言わずに。磨ちゃんもまだいろいろあるみたいなんで」

 エンデヴァーさんは、まだギリ朝と言える時間の内に帰るようだ。私も今日中に帰るけど、まだまだやることあるみたいだし。

「緩名、気を付けて帰って来い。……コイツに何かされたら何時だろうが連絡してきていい」
「何もしませんて! じゃあ磨ちゃん、ちょっとお留守番しとってね」
「ん……」

 吐息だけで返事をする。今ん、ワ、フ……しか喋れないからほぼちいかわだ、私。小さくはないけどかわいいからまあ合ってる。お留守番もなにも、ここは私の個室なんだけど。まあいいや。
 部屋から出ていく二人にぶんぶんと手を振って、梅ヶ枝餅と一緒にホークスが買ってきた、なんかめちゃくちゃ高そうな蜂蜜をお湯に溶かす。冷ましてる間にちっちゃな瓶に書いている銘柄を調べると、ヒエ〜! となる金額が書いていた。やっぱ高い蜂蜜は高い。あと美味い。また買ってもらお。

「!」

 電源が着くくらいにはスマホの充電が溜まったようなので、長押しで起動するとめちゃくちゃ通知が来ていてちょっとビビった。起動直後に、着信を受けてつい無意識にスワイプする。え、やば、出ちゃった。どうしよう。喋れないんだけど。困る。

『緩名か?』

 とりあえず耳に当てると、聞きなれた低い声が機械を通して少し違うふうに聞こえてくる。先生だ。なんてグッドタイミングで電話してくるのか。うん、でもどうしよう。アワアワする。ワ、ワー……。

『緩名、聞こえてるか』

 聞こえてはいるんだけどね。このままでは埒が明かないので、ごめんと心の中で謝って、一度通話を切る。すぐにえぐい通知が溜まっているメッセージアプリを起動すると、私が何かを打つ前に先生から新しくメッセが届いた。どうした、だって。無事です。
 バキバキに割れている画面に、事情を打ち込む。声が出なくて、と言うと納得してくれた。今日中に戻ります、と伝えると、リカバリーガールからだいたいのことは聞いているみたいだ。そりゃそうか。迎えを出す、と返ってきたので、誰か迎えが来てくれるんだろう。やったね。

「磨ちゃ〜ん、ただいま」
「!」

 先生とメッセージのやり取りをしているとホークスが帰ってきた。一応のノックの後、病室の扉が開く。おかえり。……またなんか買ってきてる。

「喋れないと不便でしょ」

 差し出されたのは、お絵描きボードだ。付属のペンでボードに書いた内容を、下に付いてるレバーをびーってしたら消して使えるやつ。子ども用のファンシーでかわいい柄のを差し出される。便利だけどさあ。

「それからコレ、帰りの服ね」

 服まで買ってこられた。ホークスに。荷物は郵送でもう送り返しているらしい。マジ? 知らなかった。コスは焼けてダメになったので、コスの会社へ送られた、とは聞いた。おニューだったのに。その時にサイズも聞いたそうだ。恥ず。しかもなんか、ちょっとお高いブランドの服だ。貢ぎ癖でもあるのかな。

「んでコレ、ゼリーならカンタンに食べれると思って」

 極めつけ。桐箱に入ったゼリー。高そう、でも美味しそう。やったあ。美味しいものはなんぼあってもええですからね。わあい。

「貢ぎぐせ? いやあ、磨ちゃんがかわいいからだよ」

 早速貰ったボードを使って貢ぎぐせある? と聞くとそう返ってきた。荼毘程ではないけど言葉がペラい。まあいいや。ペリペリとゼリーの包みを剥がして、冷えたそれを1口。あ、美味しい。スッキリ甘くて、シンプルなのにめちゃくちゃ美味しい。美味い。美味しい。語彙溶ける。ミックスフルーツの他に、エディブルフラワーが二つ、入っていた。可愛らしいオレンジに、楚々とした白。かわいいけど花はあんまり食べようと思わないよね。オレンジの方を食べて、無味なことを確認すると、白の小ぶりなお花を掬ってホークスにスプーンを差し出した。

「ん、くれんの? ありがとう」

 あ、と開いた口の中に放り込んだ。

「なんかいいなあ、こういうの。やっぱ結婚します?」

 それはしない。



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