addio
19



足が重かった。頭はもっと重たかった。この病院はこんなにも広かっただろうか。走っても走っても、ただただ息が上がるだけでちっとも前へ進めていないような気さえした。恭弥、恭弥恭弥、…恭弥。

「雛乃さん、あそこです」

緊急治療室。窓ガラス一枚隔てて、恭弥はそこで眠っていた。青白い顔でたくさんの管に絡み付かれる恭弥はとても苦しそうで、慌ただしく恭弥を囲む医師や看護士の顔も皆、青白かった。


恭弥は、恭弥は…
私の心臓は今にも止まりそうだった。頭はぐるぐると同じところを回るばかりで仕様がない。

ガラスの外の私達に気づいたらしい一人の看護士が、ベンチに座ってお待ちくださいと、ひどく焦った声で言った。次いでガラスの向こうの恭弥を隠すようにしてカーテンをひく。私達はおとなしくガラスのちょうど正面にあるベンチに腰掛けた。私の手を握ったつなよし君はかたかたと少し震えていた。はっとしてつなよし君を見ると、悔しそうに歪んだ顔。中学生の頃によく見た、あの顔だ。なにかを守らなくてはと躍起になって、至らない自分を嫌って、瞳の奥を燃やしている。

最近ではポーカーフェイスで隠せるようになったこの顔を、今また。

「つなよし君…?」
「っあ、ごめんなさい雛乃さん、手、痛かったですよね」

眉間にしわを寄せて無理して笑うつなよし君は、握った手を離すと、おどけたように軽く手を振ってみせた。

「ううん、平気。…ところで、どうして恭弥は……」

見れたのは一瞬だけなのに、恭弥の青白い顔が目の裏にこびりついて離れない。

「…雲雀さんは今日、オフの日で…、本来なら怪我をするようなことが起きるなんて有り得ないはずだったんです……」

そう言って、つなよし君は指を組んで額に当てると、苦しそうにことのいきさつを話し始めた。
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