【背中に、黒。】01(2/16)
時に校則とは、生徒にとってあまり意味を成さないものである。
「――シンマって奴が居るクラスはココかぁ!?」
教室の扉が乱暴に開くのと同時に教室内に怒号が飛ぶ。そんな事にも教室内に居る生徒は大声に少し驚く程度で特に怯える事無く、怒鳴り込んで来た生徒の言う「シンマ」の方を視線だけ向けた。
「オレだけど、アンタ誰」
棒付き飴を舐めながら返事をするシンマに、怒鳴り込んで来た生徒がズンズンと真っ直ぐシンマの元へと大股で寄ると、いきなり胸倉を掴んでシンマを立たせた。
「面貸せよ」
「なんで」
「うちの舎弟が世話になったみてぇだから、その『御礼』だよ」
「そういうの受け付けてないんで、要らない。帰れ」
「テメェなんかに拒否権なんざ無ぇんだよ」
口内で飴を転がし口から出ている棒を左右に動かしながら話すシンマに更に腹を立てたのか、怒鳴り込んで来た生徒は有無を言わせる気が無かったようでグイッとシンマを引っ張った。
――面倒臭っ。
シンマの通う高校は所謂進学校で、頭の良い生徒ばかりが通っているわけだが、その「頭の良い」がイコール素行も問題が無いと判断されたのか、だいぶ校則が緩い。現に、その緩い校則により、シンマの髪色は脱色と染色を繰り返されて一言に色名が言いづらい変わった色をしていた。
それのせいなのかなんなのか、シンマはよく喧嘩を売られる。他校からもそうだが、この進学校の生徒にも喧嘩を売られるのだ。怒鳴り込んで来た生徒も頭が良いが素行に少々問題があるようだ。
「……」
「……ウッセェな」
「ぁあ!?」
抵抗しても無意味だと判断したシンマが大人しく着いて行く途中で、思わず呟いた言葉に怒鳴り込んで来た生徒のコメカミに青筋が増える。
勢い良く振り返る生徒を不思議そうに眺めるシンマの呟いたこの言葉は、彼に対してではない。
「――フッ」
「アンタ、オレを馬鹿にしてんだろ」
シンマの視線は怒鳴り込んで来た生徒ではなく、教室の扉すぐ傍の席に座る彼、タカミに対してだった。
ここまでタカミは一言も言葉を発していない。せいぜい抑え切れなくて少し笑いが漏れたぐらいだが、それがシンマの気に障ったのだ。
「いいや」
「じゃあ笑った理由は」
「懲りないなと思ったら出たものだ。不愉快にさせたなら謝ろう」
そう言うタカミだが、口調や態度からは謝る姿勢が見当たらず、更にシンマの怒りが膨れ上がる。
一方の怒鳴り込んで来た生徒はというと、自分に対しての言葉ではないにしろ、完全にシンマの足がタカミへと向いてしまい蚊帳の外のような状態に腹を立てた。
「何雑談してんだよ、来いよ」
「悪いが五分くれ。コイツ冗談抜きでクソムカつくんだよ」
肩を掴むが手で軽く払われ、尚もタカミに突っ掛かるシンマに、遂に怒鳴り込んで来た生徒の我慢が限界を迎えた。
「テメェさっきから馬鹿にしやがってッ!」
もう一度シンマの肩を掴んで顔を殴ろうと拳を握った彼に、シンマは舐め終えた飴の残った棒とフッと彼の眉間へと思い切り飛ばした。
「ッ!?」
「五分も待てねぇのかよ、カルシウム不足的なやつか」
反射で目を閉じて後退る彼との間をすぐに詰めたシンマは、ポケットから新しい大き目の棒付き飴を取り出して、包装されたままの飴を思い切り彼の額へと叩き付けた。
――バキンッ。
飴の割れる音と共に、彼は痛みに悶えてその場に蹲った。
「迷惑だから速やかに退室しろ」
そう言ってシンマは彼の襟を掴んで引き摺っていき、廊下へと投げ捨てた。
「次来たら、『飴で負けた奴』って呼んでやる」
嘲笑しつつシンマはそのまま教室の扉を閉めてタカミの元へと戻った。
「……なんだ」
「さっきの態度全てに謝罪の姿勢が見当たらなかったんでな」
「それなら、その髪色を止めれば良い話」
「どんな色にしようがオレの勝手っつーか、論点ずれてんだけど」
「そもそもの原因はそのふざけた髪色だ。それさえ直せば俺にも笑われずに済んだ話」
「ンだと?」
互いに一歩も引かない口喧嘩に、先程まで怯えていなかった教室内の生徒が怯え始める。それに比例して二人の間の空気がピリッとし始め、誰もそれを仲裁しようとする生徒は居なかった。
「……」
「……」
座っていたタカミも立ち上がり、少し低いシンマを見下ろす。
何が合図だったのか、二人同時に互いの胸倉を掴んで顔を近付けた。
「そのムカつくくらいの涼しい顔、ぶん殴られる為にあんじゃねぇの?」
「……ほう、それなら、お前の馬鹿みたいな顔もその為にあるんだな」
聞こえはしないがブチッと何かが切れる音が二つ程聞こえたような気がした周りのクラスメイトは教室の隅に避難し、一部の生徒が慌てて担任と生活指導の教師を呼びに仕方無く廊下を全力疾走した。
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