dream | ナノ


act.021


ぴちゃり
ぴちゃり

連続的に聞こえてくる、水の滴る音

恐る恐る瞼を開けた先には、ひやりと冷たい薄闇が広がっていた

「っ……」

磨き上げられた石材に横たわっていたおかげで、あっという間に体温が奪われていく
寒さに耐え切れなくなった身体をゆっくりと起こして、私は立ち上がる

「……ルーモス 光よ」

少し開けた広間のような場所は、ぼんやり視界に広がる

杖先の光から離れた場所は、光が届かず暗いまま
その明かりの範囲だけは目視出来たので、広間をぐるりと見渡した

―――地下、なのだろうか

湿った空気は地下独特の黴臭さと、土の匂いが混ざった雨の日のような香りがした
ぴちゃりと落ちる水滴も不気味さを増徴させている要因かもしれないが

少し、懐かしいと思った

『生きているか』

「どうにか、ね……『そっちも大丈夫?』」

『ふん、どうということはない』

懐から這い出てきた蛇は、その白い身体をくねらせながら首へ巻きつく
結局私と一緒にこの場所へ飛ばされて来てしまったようだ

此処は何処だろう
何年で、何月なのか

窓ひとつないこの空間では、それを知る事は出来ない

『見知った匂いがするな』

「……まさかとは思っていたけど」

何匹もの蛇が複雑に絡み合った彫刻と、天井近くまである石像
年月が経っているのか多少下が苔生しているが、誰かを模している

古びたその彫刻は、何処かで見た気がした

本?肖像画?それとも誰かに似ているのか、思い出せない

既視感、懐かしさ、暗い部屋、蛇の装飾

「……秘密の部屋」

『何?きちんと蛇語を話せ』

『秘密の部屋だよ、ここ』


目の前に広がるそれは、私の記憶とぴったり合致していた

秘密の部屋は、数十年前に封印されたままのはず
この部屋の住人も、まだ眠ったままなのだろう

私が此処に飛ばされたのも、またイレギュラーな事

「ここが本当に秘密の部屋ならいいんだけど」

『ひとまず、ホグワーツならば一安心だな』

「とりあえず、状況を把握しないと……『まずはここから出よう』」

『出口は分かるのか?』

『この先を道なりに行けば出られるはず、なんだけど』

視線の先には暗いトンネル
それを抜けた先は、ホグワーツ3階の女子トイレに繋がる

学期中だったとしても、あのトイレには生徒も近付かない
トイレの住人さえ外出中であれば、うまく校内へ戻れるだろう

手にしたままの杖を握りなおして、私は闇を見据えた


* * *


どうにか通路を上がりきったところで、トイレに備え付けられている鏡が目に入った

そういえば、ゴドリックの谷で一戦交えたままだった
怪我はすっかり良くなっていたが、服だけはあの館を飛び出してきたまま

こびり付いた血の痕は、まだしっかり乾いてもいない

閃光の飛び交うあの場面がちらちらと脳内を掠める
あの後、どうなってしまったのかが気掛かりでならない

私は、焦っていた

ハリーは無事なのか、セブルスはどうしているか、卿はどうしているのか
思考はぐるぐると空回りして、答えが降って来る気配もない

―――少し、頭を切り替えよう

今はここから出て情報を得るのを優先しなければ

窓の外は夕闇、ちょうどオレンジ色の太陽が沈んでいる最中だ
生徒達は大広間へ夕食をとりに行っているのか、人の気配もない

好都合、と私はドアの隙間から進行方向を確認し
ドアの音が鳴らないように、そっとトイレを脱出した


「待ちたまえ」


背後から人の声と、殺気

その言葉に、ついつい背中がぞわりと粟立った
注意を払っていたつもりが、あっさり見付かってしまったようだ

「何者だ、生徒はまだ休暇中のはずだが?」

低く地を這うような、そんな声
高圧的な物言いに、神経を逆撫でする態度

……私は、声の主を知っている

恐らく杖を向けられているであろう事も忘れて、勢い良く身体を動かして振り向く
私が想像したままの人物が、少し目を見開いて立っていた

「ッセブルス!」

「名前……!?」

彼が私の名を呼んだ事で、ふと安堵した
あの日と変わらない姿に思わず笑みが溢れてしまう

「良かった、無事で……!」

「っ本当に名前……なのだろうな!」

直ぐに引き剥がされて、肩をがしりと固定される

神出鬼没なのは認める
けど、上から下までじろじろ見ることもないと思う

私は少しむくれたような表情で、目の前の彼を見上げて質問を投げかけた

「セブルス、私を疑うんだ?」

「……真実薬は倉庫の中だ」

「私に使う気?ひどいなー、学生時代はあんなに一緒に居たのに」

「っ今まで何処に居たんだ、あれから10年も音信不通のまま……」


10年


その言葉に、私の背筋は再び凍りついた
ジワジワと嫌な汗が流れていく

ゴドリックの谷の事件は1981年、そして今が1991年

―――まるっと10年分、時間を飛び越えてきている事になる

アルバニアからホグワーツで5年、そして今回は10年
どれだけ時間をぶっ飛ばして生きているのだろう、私

頭を抱えながら、セブルスへ確認する

「……今、1991年?何月何日?」

「今日は7月30日、まだホグワーツは夏の休暇中だ」


―――あと一ヶ月ほどで、ハリーが入学する

まだ新学期は始まっていない
これから起こる出来事の対策を講じるには、今しかないだろう

「話の続きは校長室に行ってからね」

「……待て、その格好では厄介だ」

私は一度、このホグワーツに入学した身

古株の先生方には身元がバレてしまう上に、今は長期休暇中
教職員以外はこの学校に居ないはずなのだから、確かに厄介ではある

途端、視界が真っ暗になる

「っわ」

「これを被ってろ、授業の教材という事にする」

「……教材ですか」

セブルスのローブでぐるぐる巻きにされたまま抱えられ
懐かしさにも似た薬品の香りに包まれたまま、私は校長室へと運搬された



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