dream | ナノ




「おや、懐かしい顔じゃの」

「お久しぶりです、先生」

ローブを回収されると、綿飴のようなふわふわした髭が視界へ現れた
ダンブルドアは、私とセブルスを奥にある椅子へと促す

椅子のクッションはふかふかしていて、長時間座っていても平気そうだ

「ゴドリックの谷の一件から、また時間を飛び越えてしまったみたいで」

「大体はセブルスから聞いておったよ。一先ず、おかえりじゃな」

「聞いてた、って……」

ホグワーツで一年間過ごした後、行方知れずだった時期の話

森の中での監禁まがいの生活
聖マンゴのレギュラス君の事
ゴドリックの谷であった一件

あの日、セブルスの前で消えた事

事件の当事者でもある私が消えたおかげで、最後に接触したセブルスを問い質したそうで
数年間あちらこちらで問題を起こしていた私の事は、ダンブルドアに筒抜けだったらしい

もちろん、私と卿の繋がりも

『全部筒抜けなら、もう隠すこともないな』

肩に乗る蛇が、しゅーしゅーと舌を鳴らして蛇語でそう言う

「セブルスの説明が満足いくものだったかはさておいて、察しの良い先生なら分かると思うけど」

「ご苦労じゃったな、概ね君のやりたい事も把握しているつもりじゃ」

「……初めに言っていた”未来を変える為”というやつか」

「前に言った通り、そのつもりだよ」

私が干渉するのは、少しでも多くの人を幸せな世界に居させてあげたいから
目の前で無駄な争いが繰り広げられ、誰かが傷付くのはもう見たくない


「前回は5年、じゃったかの?前例もあったことだしの」

「その推測はどうですかね、次が無いかもしれないし、法則性もないと思いますけど」

『今回は私も居たし、法則性の線は薄いだろう』

「まぁ10年はちと長いと思うが、無事で何よりじゃ」

蛇との会話はセブルスには分からないが、蛇語を習得しているダンブルドアは時折相槌を打ちながら話を進める

ダンブルドアが杖を振るうと、テーブルの上には軽食代わりのサンドイッチが並んだ
蛇はしゅるしゅると身体をくねらせて私の肩からテーブルへ降りたかと思うと、
器用にハムサンドのハムだけを食べ始めた……なんとも行儀のなってない

「で、今回はトイレに居たわけだが」

「女子トイレだったんだから、問題は無いでしょ」

「前は湖の近くに倒れていたんじゃったな……水の近くが良いのかの?」

「ホグワーツでホッとしました、私一文無しのままだから」

トイレから出てきたことで、セブルスはすっかり勘違いしているようだ
まぁ”秘密の部屋”なんて学校の七不思議レベルのもの、この時点じゃ誰も信用していない

それを今白状するつもりも無いし、訂正しないでおこう

「ねぇ、セブルス……レギュラス君は」

ずっと胸につかえていた事を口にする

慌てて聖マンゴへ運んだ後、セブルスからは一度も話を聞いていなかった
とてもじゃないが死喰い人だらけの館で出来る話題ではなかったのもある

少しだけ、聞くのが怖かった

「あの当時より更に厳重な部屋で、入院している」

「……良かった」

彼は死んだも同然とされ、死喰い人側でもそう処理されているらしい
ダンブルドアに報告後は、一級警備の個室で入院中だそうだ

「だが、あれから一度も目を覚ましていないようでの」

「一度も、って」

逆算すれば、12年は意識が戻っていない事になる

まるで生ける屍の水薬を飲んだように、永い眠りについたまま
ずっと夢の中を彷徨っている状態だと、ダンブルドアは言った

……それでも生きているなら、希望はある

「今度、お見舞いに行かなくちゃね」

「……それは君の動力源をどうにかしてから、じゃな」

そう言われ、服の隙間から胸元へ手を伸ばした

ちゃらりと銀のチェーンに連なった、エメラルドのネックレスを引き出す
ぎらぎらと煌めく緑色の輝きが、少し目に痛いような気もする

―――魔力の持ち主は、これから足跡を辿る事が出来る

探知されれば本人は勿論、かつての配下がやってきても、なんら不思議はない

此処にいるダンブルドア、セブルス、そして私
私達にとっては色々と面倒事が多すぎるし、出来るならば避けて通りたい道だ

「何かしらの対策をとらねば、この学校も完璧な訳ではない」

確かにホグワーツには様々な呪文が張り巡らされているが、在学中にあっさり卿に居場所がバレてしまっていた

力を失った卿に、この学校の呪文を掻い潜って探知が出来るかは分からないが
早急に対策を練らなければ、以前同様見つかってしまうのは時間の問題だろう

「私の魔法の源はコレだもの、そういった呪文が上手く機能するか……先生、お願いできますか?」

「勿論じゃ、では少し失礼」

ダンブルドアが杖を取り出して、幾つかの呪文を多重に掛ける

老齢と言えど、流石は”ホグワーツ歴代校長の中で最も偉大な魔法使い”といったところ
その杖の動きに思わず見とれてしまう程で、次に瞬きした時にはもう保護呪文を掛け終わっていた

少し輝きが鈍くなった程度のそれを、さっさとまた服の中へと仕舞い込む

「さて、本題は別にあっての」

ダンブルドアは少し目を伏せて、話題を逸らす
ここからが本題というのならば勿体ぶった話し方はやめて欲しいものだ

「次の、闇の魔術に対する防衛術の教師……でしょ?」

「そうだ。様子が可笑しいのは何時もの事だったが、今回は別でな」

セブルスが少し眉間にしわを寄せて、そう言った

話題の彼の専攻分野がセブルスの好まない教科なのも勿論だが、
闇の魔術に対する防衛術の席に就けなかったことが面白くないのだろう

「彼がどういう状況かは察しが付いているかの?」

「はい、マグル学から闇の魔術に対する防衛術に転任させた意図も」

「セブルスには見張りを任せてあったのじゃが」

「……今日はダイアゴン横丁まで外出中、戻りは明日になるそうです」

と言うことは、ちょうどハリーと対面するのも明日辺りと言う事
着実に動く原作通りの世界に、少し歯噛みした

「皆が危険に晒される可能性も勿論考慮してのご決断ですよね、先生?」

「無論。そして君が戻ってきてくれて本当に良かった、確信を持って接する事ができる」

原作でも”彼”を学校に迎え入れていた
転任と監視こそすれど、ごく普通に教師として雇用している

「それに10年も行方知れずだった”例のあの人”を、みすみす逃がす事も出来ん」

グリンゴッツに保管されている賢者の石
これから入学してくる”生き残った男の子”ハリー・ポッター

この二つを餌にして、卿をこのホグワーツに留めている


「それでハリーが無事な保障が、何処にあるんですか」

「……実に難しい質問じゃな、名前」

息を吐きながらふかふかの椅子へと身体を沈めたダンブルドアは
指を組んでしばし考え込み、それから私へと視線をよこした

「例のあの人が君を狙う事も、計算には含まれてる」

「喜んで、スケープゴートになりますよ」

ハリーが無事生き延びて成長し、このホグワーツへ入学する―――卿の狙いも、勿論そこだ
故にこの学校内に潜入しようと画策しているのだから、私はあくまでもオマケにすぎない

私が居ることで、ハリーを守れる確率が上がるのならそれでいいのだ

「もう少し自分を大切にしてはどうかね?身を挺するのは構わんが、その命はあまりに惜しいものじゃ」

「それくらいしないと、贖罪にならないですから」

「名前」

ダンブルドアが少し強い声色で、私を窘めた
でもこれだけは、はっきりさせておかなければいけない

「……だって、私が殺したようなものじゃない」

ジェームズがリリーとハリーだけを見るようにしておけば良かった
私は大人しく前だけを見て、卿の足止めに専念しておけば良かった

「お前は確かにあの日、あの場所で戦った。それは事実だろう」

セブルスの言葉が、刺さる
事実でもなんでもない、結果が伴わないのなら……

「守れなかったなのなら意味ない、あの時の私だけじゃどうにもならなかった……だから、ジェームズが」

「名前、やめなさい」

今度こそ、強く遮られる

自責の念は私の首を大きく項垂らせ、酷く嫌な気分にさせた
頭の中ではつい先程まで見ていた景色がフラッシュバックしているせいで、うまく思考が定まらない

「……ハリーを守る役目は、セブルスだけに負わせないで」

ダンブルドアとの誓約で、セブルスにはその役目がある

命に変えてもハリーを守る事、あちらとこちらでの二重スパイ活動
それが密告をした彼に与えられた、贖罪なのだ

関わりのある私にだって、その役目を背負う必要がある

「私にだって、同じく責任を持つ必要があります」

「名前、誰も君の責任などと言っては」

「だって、私にはそれくらいしか」


それが私がジェームズとリリーに出来る、唯一のこと

「……それは、二人で話し合うんじゃの」

珍しく折れたダンブルドアは、諦めたような目で私とセブルスを見た
小さく息を吐いて椅子へと体重を掛けると、再びしゃがれた声が聞こえてくる

「駄目じゃと言っても聞かんからの」

「すみません、先生。私はやりたいように動きますね」

それでもこの世界で成し遂げるには、それしか無い
考えて考えて考えて、そして動くしかない

物語の道を辿る必要はないのだから

「まったく……困ったのう。名前には、次から1年生として入学してもらおうかと思ってたんじゃが」

「ハリーと、同じ学年で?」

―――意外

どうやってハリーに接触しようか悩んでいた所だったが、ダンブルドアが上手く話を進めてくれる
同じ学年なら色々と都合もいいし、近付くのも監視もし放題だ

私的には教師やらその辺で雇ってもらうのがベストだったのだけど……一文無しだからね、今
この雰囲気だと前回同様、ダンブルドアが援助をしてくれるような話しぶりだ

「本人も気を許すじゃろうし、同じ学年なら君も動きやすいかと思うて」

「それはいい、じゃあ……」

「お言葉ですが校長。こやつは確かに腕は良い、ですが1年生からというのは……些か支障があるように思えます」

セブルスが私を遮ってそう言う

勉強も問題ない、ホグワーツの事も見知っているが……如何せん顔が割れている
何より11歳に混ざるのはこの体格では少々無理がある、身長を少し縮める事が出来れば……そうだ

「セブルス、人体に縮み薬を使った前例がアージニウス・ジガーの著書にあったような気がするんだけど」

「あれは確証がないだろう。もっとも経験豊富な魔法薬学者が作れば、あれに近い物は出来るだろうが」

小難しい魔法薬の書物に、人体実験の報告が何例かあったのを思い出す
通常作られている薬を人体に与えるのは危険なので行われていなかったが
幾つかの材料の分量を変えて調合すれば、人体に使用することも可能だったはず

それは勿論、魔法薬学に精通した学者くらいにしか調合できないのだが……目の前に、ぴったりな人物がいる

「ほう、セブルス。君はこの職について何年になる?」

「……10年になりますかな、それが何か?校長」

しかめっ面のセブルスが、あからさまに嫌そうな表情をこちらへ向ける

縮み薬の効果を幾ら伸ばしても、恐らく一日一度は服用しなければいけないし、それを毎日調合するのも手間だ
正直変身術を使う方が楽かもしれないが、魔力の無駄遣いは厳禁。調合が面倒な上、持続時間の短いポリジュース薬も駄目だろう

「経験は十分ね、セブルス・スネイプ”教授”?」

「おい、ちょっと待て。縮み薬があったとしてお前の顔はあちら側は勿論、この学校の教職員にも」

「まぁ、見た目は何とでもなるからのう、ほれ」

「っ!」

ダンブルドアがさっと杖を取り出して、それを一振りした
何とも形容しがたい不可思議な色合いの光が、私へ向けられる

「……校長」

「わしが死なん限りはこの魔法は継続する、安心じゃろ?」

「……あとは身長が縮めば、流石の自分も分からないかも」

近くにあるガラス棚に反射する自分の姿は、一言で言うと―――地味

瞳に掛かるくらいギリギリまで伸びた前髪に、輪郭を隠すような髪型
縁取りのしっかりした伊達眼鏡が、更に顔立ちを判別出来ないようにさせている

ダンブルドアは今でこそホグワーツの校長だが、元は変身術の教師だったのだ
髪型とオプション程度の変身魔法は、お手の物なのだろう

「今日から名前・ダンブルドアとして、漏れ鍋へ泊まると良い。入学許可証は幾らでも捏造できるしの」

「……はい?今なんと?」

取って付けられたかのようなファミリーネームに、思わず固まった

ダンブルドアが手渡してきた小さな包を受け取ると、ずっしりとした重量感が掌に伝わった
恐らくこれで生活用品を揃えろ、という事なのだろう……一体何ガリオン入っているのやら

いやいや違う、そうじゃない

「今日から君は、名前・ダンブルドアじゃ」

「…………その名前、色々と問題がありそうなんですけども」

「わしだって孫の一人や二人居ても問題ない年齢なのじゃよ、忘れておったか?まぁいないがの」

今年で110歳を迎えるのだ、孫が何人いたっておかしくないが
生憎ダンブルドアは未婚……いや彼のプライベートを知る人物なんて殆ど生きてもいないだろうが

「あなたの曾孫が入学してきたらハリー・ポッターより目立つんですけど」

「それも作戦のうちじゃ、君の活躍に期待しておるよ」



* * *



それから一ヶ月、私は賑やかすぎる漏れ鍋で始業日を待つ生活を強いられた

名前・ダンブルドアとして暮らすには、些か魔法界は辛いように思えたが
ダイアゴン横丁には気の良い人物ばかりだったので、一ヶ月という時間もあまり退屈しなかった

ホグワーツ特急のチケットに書かれた、”9月1日 11時発”を指折り数えてはいたけど


早く、彼らに会いたい


もう物語は始まった

後はこの手で、繋いでいくだけ



− − − − −

1991年、夏

物語は始まっていく


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