dream | ナノ


act.013


ホグワーツのごはんは美味しい

「いただきまーす」

ふんわりとバターのにおいに包まれた香ばしいパン
かりかりのベーコンと新鮮なオレンジジュース

伝統的なイギリスの朝食も、ここ数週間ですっかり慣れ親しみ、
しっかりと午前の勉学に必要なエネルギーを摂取していると
見覚えのある顔がツカツカと足音を立て、こちらに向かってきていた

「おはよう」

「ずいぶんと早いな」

人の疎らな大広間で朝食をとっている生徒はほんの僅か
朝の静けさの残るそこに、食器の触れ合う音が響くだけ
それがちょっとだけ、好きなのだ

セブルスはベンチを跨いで、取り皿に目玉焼きを乗せた

「早起きは三文の得だよ」

「……なんだそれ」

「ええと、日本のことわざだよ。早く起きるといいことがあるって意味」

なんだかいまいち納得していなさそうな表情の彼は、そのまま無言で銀のフォークを掴んだ
ぶすりと厚切りのベーコンを突き刺し、それを一口切り取って口へ運ぶ

「それ美味しい?」

「……自分の分は自分で取れ」

一切れ頂こうかと思っていたのだが、見透かされていたようだ
なんだか怖い顔をしている人がこちらを睨んでいるので、黙ってベーコンを皿へ転がす


こうやって日常会話をするのも、朝食の楽しみ

授業の話や、寮の話、最近読んだ本の話
ちょっとしたことでもセブルスは会話を続けてくれるので
話しても話しても、飽きることは無かった


「おーっとスネイプ、朝から女の子と仲良くおしゃべりなんて!」

「噂の転入生だぞ、ジェームズ」

一通り食事を済ませ、大広間が賑やかになってきた頃に、それはやってきた

グリフィンドールの暴れ獅子ことジェームズ・ポッター
それから一緒になって悪戯してる、シリウス・ブラックだ

噂には聞いていたが、初めて見た!

あまり仲のよろしくないグリフィンドールをはじめ
他寮はもちろん、スリザリンの中でも浮いた存在のセブルスと一緒に行動していたのだ
こうなることは予想していた

他の生徒からの煽りや悪戯なんかは、無視と回避を徹底して距離を置いていたのだが
こんなにも直接的で礼儀の欠けた対応をされたのは、ホグワーツ入学以来初めてだった

犬猿の仲、って言葉がピッタリ

ポッターとセブルスは互いに睨み合って、視線を逸らさない
こういう輩は構って欲しくて、突っ掛かってくる

それに有効なのは

「ごちそうさま!セブルスも、お腹いっぱいだよね?そろそろ授業に行こうか」

無視すること

私は鞄を引っ掴んで立ち上がった
名前を呼ばれて驚いたセブルスと、面白くなさそうな顔をしたポッターがこちらを見る

「僕達、今スネイプと話してるんだ。邪魔しないでくれるかな」

「早くしないと良い席が取れないんだから、ほら、立って」

ポッターの発言をまるっと無視して、急かすようにセブルスの袖を引っ張って立ち上がらせる

「人の話聞いてるのか?おい」

「鞄持った?じゃあ行こうか」

セブルスに無理矢理鞄を押し付ける
目の前にいたポッターとブラックを押しのけて
その手を引いて、大広間のドアへ早足で向かった

早足は徐々に駆け足へと変わり、中庭まで走った


二人で重たい鞄を芝生に放り投げて、ぜぇぜぇと荒くなった息を整える

……青春してるなぁ

なんて頭の隅で思うと、笑みが浮かぶ

「ははは、可笑しい」

「っは、お前……」

セブルスは私が笑い出したことが理解できないようで、肩で息をしながら私の頭を小突いた

「あんなことしたら」

一瞬の戸惑いは表情に表れ、視線は宙を泳ぐ
私のやったこと、意味わかんないだろうね

「お前もポッターに目を付けられるぞ」

「知ったこっちゃないわ、あんなお子ちゃま」

「だが」

「自分の自尊心の為にあんなことするなんて、子供とおんなじだよ」

気にしないで無視してればいいのよ、と付け足すと
セブルスはバツが悪そうに顔を伏せる

「あんなの、自分ひとりで」

「手を焼いてるのは見てて分かるんだけど」

「……」

入学してからずっとこうなのは、知ってる
これからこんな顔を見続けるなんて私にはできない

まるで、友達を見捨ててるみたいで


「私、守るよ!セブルスのこと」


「な、何を言って」

「私ね、ホグワーツで初めて友達ができたの」

ずっと卿と、ナギニと、死喰い人の人達と一緒で、友達らしい友達がいなかった
ダームストラングでも勉強ばっかり、友と呼べるほどの人間関係もなかった

だから、セブルスが初めての友達

「嬉しかったんだ、嫌々でも私と一緒にいてくれて、面倒みてくれて」

突然現れた、どう見ても不審者を信用してくれて
生活面でも勉強面でもサポートしてくれて

どんな風に思われていようと、ただその優しさが嬉しかった

「だから、セブルスのそんな顔は見たくない。悲しい顔するより、笑ってくれる方が嬉しい」

「お前も、嫌がらせをされるぞ」

「平気。だって私にはセブルスがいますし!」


初めてできた、この世界の友達


ポッターの気持ちだって分からないでもないけど、理不尽だ
そんなことで友達が傷付くのは見たくない

それなら私は、セブルスの盾になればいい

それで彼の辛い姿を見なくていいなら、喜んでそうする



「……無理はやめろ、さっきのは心臓が冷えた」

口元がほんの少しだけ緩んだセブルスを見て、私の表情もふにゃりと崩れた

友達って、胸を張って言ってもいいのかな?

本当に少しだけだけど、その笑みで肯定されたような気がした



「あ、そろそろ教室行こうか」

時間はたっぷりあったはずだが、もうあまり予習時間もない
せっかく先生に聞きたいことが山ほどあったのに



「……セブルス?」

中庭の脇から、高めのソプラノボイスが投げ掛けられる

「リリー」

「え、リリーって……リリー・エバンズ?」

たっぷりとしたふわふわの髪の毛
整った顔立ちには緑色の瞳
妖精を人間サイズしたみたいな、女の子

親世代とよく会う日だなぁ

「そうよ。あなた、もしかして転入生の?」

ぱたぱたと足音をさせて、駆け足でリリーが寄って来た……いちいち仕草が愛らしい
本当にこんな子いるのか疑いたくなるが、現にこうして目の前にいる

「あ、そうそう。寮は違うけど、よろしくね」

「ええ、よろしく!実はあなたと、話してみたかったのよね」

「へ?」

「なんだかスリザリンっぽくなくて、あ、変な意味じゃなくてね。どこの寮にも当てはまらないような、不思議な感じがして」

気を悪くしたらごめんなさい、とリリーは付け足した
可愛くて賢くて気遣いもできて……皆がリリーを好きな理由が分かる

「よく言われてるよ、セブルスにも」

「名前」

「あら、仲良しね。名前で呼ぶなんて、珍しいわ」

物凄い勢いで顔を逸らしたセブルスは
血色の悪い肌を標準よりもちょっと赤くさせている

愛い奴じゃ



* * *



結局、私とリリーが意気投合してしまい、そのまま3人で授業へと向かった

1限目は魔法薬学

地下教室までは小走りだ

じめじめした地下は、湿気で床がタイルよりも滑りやすい
石造りの階段を何時もより早いテンポで降りると、時折足をとられてしまう
慎重に、かつなるべく早く、それを降りて教室へと足を進める


「あっ!」

前方から声がした

10分ほど前に大広間で聞いた、ポッターの声
リリーが一緒だということに少し首を傾げていたようだが、ターゲットはこちららしい
ずんずんと距離を縮めてくる

体格差を生かし、脇のすり抜けて教室に逃げ込もうとしたが

がしっ

「おっと、今度はそうはいかないぜ」

奥にいたブラックに、腕をしっかり掴まれる
このままだと逃げられそうに無い

教科書の入った鞄も廊下に放り出され、中身が飛び出していた

「すばしっこいな、君」

「……」

掴まれた左腕が、きしきしと骨が軋んでいるようだ
じわじわと強くなる痛みに、ブラックは知らん顔で笑っている

「手を放せ、ブラック」

「こいつが逃げるからだ」

セブルスが声色を荒げて、ブラックを睨む

「OK、逃げなきゃいいのね」

手首をひねると、簡単に掴んでいた腕は外れる

ブラックの腕を掴みかえして、逆側に捻りあげて、はい関節技の完成
女子でもできる簡単護身術の出来上がりです

「痛ッて!!!」

ちょっと締めすぎたのか、ブラックが身体を捩ったせいで、腕を放してしまった
痛がるブラックにポッターが歩み寄る隙に、落とした鞄と中身を拾い上げる

「行こ、セブルス、リリー」

唖然としていた二人に声をかけて踵をかえす
徹底無視を決め込んでいたので振り返らずにそのまま歩を進めようとした

「待てよ!」

ポッターが声を上げ、私の肩に手を掛けた

「っ!」

引き倒すような力で肩を引っ張られ、重心がぐっと後ろへ傾く

タイミング悪く、湿り気を帯びて滑りやすい床が私の足をとる


そのまま勢いよく、石造りの床が私を迎え入れた



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