4時50分







ブラックコーヒーが大好きだった。
周りの子たちが「苦くて飲めない!!」って言ってるものを飲んでる自分が、大人になったみたいで、かっこよくなれた気がしてた。



『遅ェェエエ!!』

「旭ちゃーん、ちょっと煩いかなー」



ブラックを飲んで優越感になんて浸っていた頃の自分を一喝して一発殴ってやりたい。
結局、

結局大人ぶってただけで、あたしは、大人になんてなれてなかった。
晋助の、好きなあの人みたいに。


乳臭い餓鬼が、よってたかっても勝てないような、美人な人。そんな人が、あたしのライバル。いや、足元にも及んでないかも。



「まぁまぁ、落ち着いて。高杉くんならもうすぐ来るって。ほぉら!!もう一杯コーヒーサービスだ!」



おじさんの香り漂う、45歳妻に先立たれたマスター。見た目も雰囲気も、すごく好きなこのお店で、唯一好きになれないものが、その人の性格だった。ってゆうか、マスターはあたしのお父さんなんけど。ぶっちゃけノリが鬱陶しい。

自分の娘をちゃん付けで呼ぶ。そんな、ちょっと…っていうかかなりあたしを大切にしてくれてるマスター。日常となったこんな風景を、他のお客さんも、呆れながら見て、笑っていた。



『お父さん、ありがとー!!!』

「ここでは、マスターと呼びなさい、旭ちゃん!」



マスターだけが、あたしの気持ちを分かってくれてる、なんて


…、これは
そうとう、虚しい
何を考えてるんだ、華の女子高生が。

気持ちを分かってほしいのは、気付いてほしいのは…
晋助、なのに。

なんて考えて、思わず笑いが漏れた。


絶対無理、だね。あの人のこと、大好きであの人のことしか見えてないんだから。
1年生のときから、ずっと、ずーっと。


お父さんは、あたしが座っている席の向かいに座って、話しかけてくる。



「旭ちゃん…。昔は普通に飲めてたじゃん。どうしてブラック飲めなくなったの?」

『………』




これだから、無神経な人は
そう言ってやる前に、マスターが言う。お決まりのセリフだ。



「まー、まー。何があったか知んないけど。
仲良くしてやってよ…『アイツ、昔からあんま特定の友達なんて作らなかったんだから…って言うんでしょ』



私はお父さんの言葉を遮って言った。

今まで何回も聞きました、嫌、やっぱ何百回かは聞いたかもしんない。
ってゆうか、お父さんよりあたしのが付き合い長いっての。



特別な友達、なんて言われたって嬉しくない。
嬉しくなんか、ない。


だって、あたしは



「旭!!」

『晋助遅い。』



息を切らしながらやってきた晋助を見て、銀ちゃんにでも捕まってたんだろう、と容易に想像できた。



「やー、悪りっ。銀八に捕まってた」

『ビンゴ』

「は?ビンゴ?……あ、そうだ今日…」



着いて早々、今日名前先生がどうだった、とか話はじめる晋助


いきなり、胸がずきん、と音を立てた。酷すぎ。そんなこと、普通…しない。



晋助に、悪気なんてないって分かってても、
憎らしくて、仕方がなくて



『─…遅れてきたお詫びとして今日は奢ってもらおーかなー』



名前先生のことをどれだけ好きなのかくらい、顔見たただけで分かって



「うわまじかよ。くそ、今度銀八絞める」



いたくていたくて、仕方がない



「はい、コーヒーお待たせ」



お父さんが、晋助の分のコーヒーを持ってきた。
豆も煎ったばかりなのだろう。いつもよりずっと、良い香りが広がる。



「ん、マスターありがとな」



晋助はそう言った後、自分のコーヒーを一口飲んだ。
そして、いつもの様に、あたしのコーヒーを覗いて、吐きそうな顔した(失礼な!)



「おま…え、なぁ!また大量に入れやがって………!
それじゃもはやコーヒーじゃねーだろ」

『これくらいしなきゃ飲めないの』

「やりすぎだっつの、お前。最近なんか量増えてるし」



晋助の言う大量は、"砂糖"のこと。

確かに、最近量が増えていることは確かだった。
砂糖入れすぎかも…さすがに8個は
ちょっと気持ち悪い、コーヒーも、変色してるし



『あ』



何気なく店内を見回してたら、時計が目に入った
4時50分。晋助が、いつもどこかに、行っちゃう時間


「どーした旭?」

『晋助、時間』



今日は、新しい彼女との、初めてのデートでしょ?って
ふざけて、茶化して

言ったつもりだったのに
何か自分でも驚くほど、声が震えてて


馬鹿、気付かれちゃうよ

気付いてほしい、って気持ちと気付いてほしくない、って気持ちが、半分半分



「ん……



今日、は…」



ヴヴヴ…
ヴヴヴ…

晋助のなんだろう。
携帯の、バイブ音が鳴った。

5回、10回…

止まらない、音。



「うぜぇ…」



ほら、早く行きなよ。
っていうか…お願いだから、早く行ってよ。



『…晋助ー、そろそろ行きなよ』

「くそ、…んじゃそろそろ行くわ」

『来てから10分も経ってないねー』

「また今度埋め合わせすっから、機嫌悪くすんなよ」

『今に始まったことじゃ無いから許す!』

「上から目線かよ!っつーかお前、飲みすぎたら太るぞ。俺もデブが友達とか嫌だからな」

『うるさい、早く行け!!』



晋助は、お父さんにもちゃんと声をかけて、あたしの分のコーヒー代も払って、小走りで出て行った。

ほんの、一瞬。さっきまで、あたしの傍にいたのに。もう、晋助は離れていく。

胸のちくちくが、ずきずきになった。


その痛みをかき消そうと、残りのコーヒーを、一気に飲み干した。



『にが………』



さっきまで、甘くて甘くて仕方のなかったコーヒーは、やっぱり苦かった。






4時50分
(気付いてほしい、気付いてほしくない)
(このままでいたい、このままじゃいや)




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