朝のどしゃ降りはどこへやら、学校を出るころには傘はすっかり無用の長物になっていた。じわじわと戻ってくる日ざしが、アスファルトの水たまりにまぶしく突きささり、じっと見ていたら眩暈がしそうで 手にもっていた傘をひらく。飛び散った水滴が金属みたいに光る。


道の先の曲がり角で、線の細い人影がこちらをふりかえって また背を向けた。藤内だ。大声で名前なんて呼んだらあとで怒られてしまうから、だまったままで駆けよると ふたたび目があった藤内は、わたしを見るなり眉をひそめた。


「…なんで傘さしてるんだよ」
「天日干しだよ」
「え?」
「乾かしてるの」


付きあってられない、とでも言うようにすたすたと歩き出した背中を、やっぱりだまって追う。

白い半そでのシャツから伸びる腕は 男の子なのにみょうに白く見えて、わたしはついつい自分の腕と見くらべてしまった。

去年まではあまり意識もしてなかったけど、焼いちゃうのはもったいないかな。今年は日焼けしないように気をつけよう。せっかくいま、日傘もさしてるわけだし。



なにも話さないまま歩きつづけ、ほどなくして 光を反射してまぶしいほどの白い壁が見えた。数馬の家だ。
かずまー、と直接二階に叫ぼうと構えたところで、手から傘がすっと抜き取られていった。すこし先ではすでに藤内がわたしの傘をぱちんとたたんで、長い指でチャイムを鳴らしている。


「ごめんください、浦風です。数馬にプリント届けにきました」





ごめんくださいって何なんだろう。それなら反対語はごめんをあげるってことだろうか。へんなの。ぼんやり考えながら啜っていたオレンジジュースは いつのまにか氷だけになっていた。ショートカットがかっこいい数馬のお母さん、わたしたちにおやつを出してくれると仕事部屋に戻っていってしまったみたい。


「わざわざごめんね、ほんと、いつも」
「分かってるならもう風邪引くなよ」
「こないだ冷房つけっぱなしで寝ちゃったんだ」


申し訳なさそうに照れ笑いをする数馬と目が合って、わたしもつい くすくす笑いをこぼす。


「数馬のパジャマって、いつもカラフルだよね」
「え…え、そうかな」
「うん。幼稚園のお泊り会で着てた黄色のやつとか、まだ覚えてる」
「うそ!そんな昔から?」


そうそう、そんな昔から。変わらないことはいっぱいある。数馬の家がいつも石鹸みたいないい匂いがしていること、大きな窓から燦々と光がさすこと、もっといろいろ。

困惑するやらびっくりするやらの数馬がおかしくて、ねぇ藤内、と腕をゆすったら、うつむいていた藤内は顔をあげて ふいに曖昧な表情になった。

さっきはあんなに遠かったのに、この距離なら昔からよく知る藤内の腕だ。なんだか安心して、うれしくてずっとつかんだままでいたら、いい加減にして と振りはらわれてしまった。見ていた数馬があんまりおかしそうに笑うので、おでこのシートをはがしてやる。あっなまえ、返せ!とじゃれついてくるのを押さえつけている間、藤内はどこかぼんやりした目で外を見ていた。


窓の下の庭には、洗濯物を干している数馬のお母さん。てっきりお仕事に戻ってしまったとおもってたんだけど。白いシーツやバスタオルの間に揺れる数馬のパジャマは、やっぱり色とりどりのパステルカラーで、ほうらね と声には出さずにつぶやく。


「あああ、暑い」
「窓辺にいるからだよ」
「あ、なまえ、飲み物のおかわり持ってくるね」
「いいよいいよ、病人は寝るのが仕事なの」





帰り道、ふくらはぎや首筋に照りつける夕日のなか、藤内はわたしにキスをした。



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