これの続き
驚いたままの衣更くんを放って歩き始めようとすれば朔間弟くんが私の背中に飛びかかってきた。という表現は少しだけ大きくしすぎたかもしれないがそれぐらいの衝撃が走った。
「はい、レンズ見てね〜」
えっ、と彼の方を見ればかしゃりとカメラの音がした。何やらご自身とのツーショットをカメラに収めたらしい。ちょっと!とデータを決してとせがむも面白そうに笑って携帯を操作するだけで全く話を聞いてもらえない。余程恨めしげな顔をしていたのだろう。衣更くんはまあまあと私を宥めて教室へと背中を押してくる。なによ!自分で歩けるわよ!と心の中で悪態を付いて教室に向かえばすれ違う人々がこちらを見てくる。
ブスくれた私はとてつもなく可愛くないと思うがもう放って置いてほしい。自分が色々しておいてそんな事言うのもわがままだけどね。
「それにしても名前、化けたなあ。」
「あれだけ皆につつかれれば私だって気にするよ。」
「俺は今の方が好きかな〜、話しやすそう。」
上から衣更くん、私、朔間弟くんと会話をしながら教室に入るとばちん!と鳴上くんと目が合ってしまった。
「あらあら〜!名前ちゃん!?とぉっても可愛くなって!どうしたの?」
1番最初に私の事を突っついてきたクセに!
「 べ つ に 」
言葉に成る可く棘を含ませるも鳴上くんには通用しないようで相変わらず可愛く笑っている相手に私はため息を吐くしかなかった。
「ん〜、でもねぇ。」
私を上から下まで眺めて困ったような笑顔浮かべると
「アタシは好きだけどね。」
と一言投げて戻ってしまう。はあ?と私は眉を寄せると全力のあっかんべーをするという子供じみた事をした。鳴上くんには届くことはなかったけれど。
昼休みになると私は中庭でぐったりしていた。何故なら、噂を聞いた羽風先輩やら朱桜くんやらなんやらが私を動物園のパンダを見るかのようにやって来たのだ。1日に何回どうしたの、どうしたのと聞かれると 別に と答えるだけなのに随分精神力を使う。
「あ〜…もう放っておいてくれ…。」
「あ、いたいた。」
誰かの声がして閉じかけていた目を開くと少しだけ緊張が走る。月永先輩だ。私をジロジロ見て う〜ん と唸る。
「リッツから送られてきた写真見ても思ったが…、なんっも思い浮かばん!なんだか違うな!」
ぴくり、と頬が引き攣るのが分かった。それって可愛くないって事でしょうか。とは怖くて聞けない、し朔間(弟)くんは是非後でなにか仕返しをさせて下さい。先輩の言う写真とは朝のあの写真の事だろう。
私の周りをウロウロ回り暫くしてため息をついた先輩に思わず背筋が伸びる。何だかんだ先輩の一言がこうなった原因に近いのだ。瀬名先輩に色々言われるよりも緊張していると思う。
「面白みというかなんというか、うーん…って、あれ?」
ぼやりと視界が霞んで先輩が上手く見えなくなる。あんなに張り切ったのに月永先輩には認めてもらえなかったようだ。悔しいなあ。
「私だってこんな格好…、したくてしたわけじゃないです。皆が綺麗にしろっていうから…、」
目を擦ると手にラメやら黒のアイライナーやら涙やらが付いて酷いことになっていた。せっかくお姉ちゃんにやってもらったのに…。残念お姉ちゃん、一番驚かせたかった人はこういうの好きじゃなかったみたい。
先輩は黙ったままその場を去る。あーあ、無理に背伸びなんかしたから嫌われたかな。元々もってるものが違うんだ。化粧したって何したって皆は褒めてくれたけどそれも今じゃ本心かも分からない。
「 名前 」
「え?」
しょぼくれていると居なくなった筈の先輩の声が聞こえた。思わず顔を上げると視界が真っ暗になる。冷たい…?
「えっ!?い、いたいいたいいたい!」
急に顔を擦られて悲鳴を上げる。な、なんなの!丁寧に顔を拭かれているんだと思うけどいたい!絶対赤くなっちゃう!
「よし、」
ぱっとタオルが消えて先輩と視線があう。嬉しそうに笑う先輩と呆然とする私。
「やっぱりそのままのお前の方が絶対にいい!インスピレーションがわくぞ!俺はそのままのお前が好きだ!」
「は…」
先輩がバンザイみたいに手を振り上げるもんだから持っていた化粧がべったりついたタオルが地面に落ちた。慌てて拾おうとする私の手を引っ張ると先輩は私を抱きしめたのだ。
「!?? せ、先輩!?」
「いつものままがいい!髪の毛も染めるなら俺とお揃いにしたらいい!きっと似合うぞ〜!」
ジタバタと暴れる私に笑い声を上げると 暴れるな暴れるな!と更に抱きしめられてくるものだから年頃の私はもう敵わなかった。
「名前はこのままでいてくれ。」
ああ、私は先輩が好きなんだな。今まで行き場の無かった両手が先輩の背中に回った時、私はそれを理解してしまった。
ぼんやりする意識の遠くでお昼休みが終わる音がしていた。