キスの魔法にかけられた未来

過去拍手お礼小説 // 坂田銀時

ふと足を止めて思い返してみると、別にいつもと変わりない帰り道だった。

下駄箱で待ち合わせて名前と並んで歩いてたら、クラスの連中に冷やかされた。テメェら覚えてろよ、なんて思いもしたが、横にいたあいつの、ちょっぴり照れたようにはにかむ笑顔が見れたから、特別に許してやったんだ。歩きながら数学の坂本に難しい宿題を出された話を聞いて、もう少し話していたいからって公園に寄り道。そんで、辺りは薄暗くなって名前一人で帰らせんのも心配だったから家まで送った。ただ家の前までではなく、その一つ手前の曲がり角まで。名前曰く、家族に見られるのが恥ずかしいらしい。
やっぱりいつもと変わらない帰り道だ。だけど、どうしてだろうな。違うんだよ。

「銀ちゃん…?」
「んっ…、」
「どうかした、ぼーっとして?」

いつの間にか頭ン中でトリップしていたらしい。心配そうにじっと俺を見上げていた名前に、なんでもねェ、と返事をして、無理矢理笑顔を浮かべた。ただ、それは彼女のお気に召さなかったらしく、不機嫌そうに、嘘つき、と返されてしまう。

「いや、その…、アレだ…」

女ってのは怖ェ。迂闊に嘘もつけやしねーよ。

「ほら、はっきり言って?」
「帰したくねーな、って」
「は…?」
「だから、帰したくねェんだよ、お前を」
「あ……」

やっと俺の言葉の意味を理解したらしく、名前は目を見開いた後すぐに俯いてしまった。
これは恥ずかしい時の、お決まりの仕種。そんな小さな事にも自分の中にある、こいつを帰したくないって気持ちが大きくなった。

「なぁ、俺、どうしたらいい?」

俺の質問に困ったように弱々しく笑みを浮かべた名前は、どうしようね、と呟いただけだった。こんな質問は、ただ困らせるだけだとわかっていたけど質問せずにはいられなかったのだ。俺の望む答えを導き出してくれるかもしれないなんて、微かな期待も確かにあった。

「じゃあさ、キス…してもいいか?」
「……」
「じゃねーと俺、お前を離せねーかも」

ガキみてぇに駄々こねて、しかも身体はガキよりデケェから、相当タチが悪ィな、俺。

「フフっ…、アハハ…!」
「ちょ…、おい…!」

情けねーや、と溜息を落とそうとすると、突然名前が笑い出したもんだから、俺は何があったのかと、ただうろたえることしかできなかった。
別に笑われるようなことした覚えはねェし、考え直してみると、むしろ俺はこいつを怖がらせるようなことを言ったはずだ。困惑を顔に浮かべると、それを見たらしい名前は笑いを堪えながら話しだした。

「だって…、アハハ…!銀ちゃんの真面目な顔が面白いんだもんッ…!」
「はぁ?!ったく…。ばーか、銀さんだって、たまには真面目になるんですぅ」

あー面白い、と瞳にうっすら浮かんだ涙を拭いながら、あいつはその小さな手で俺の手をギュッと握りしめた。ほんの一瞬で、さっきまで笑っていた顔が引き締まったものに変化する。
俺はこいつのことを同年代の女子と比べたら少し子供っぽいとか思ってたけど、どうやらそれは間違っていたらしい。薄暗い中でオレンジ色の街灯に照らされた彼女の表情は、女子っつーより、女性って表したほうが正しいと思う。上手く言い表せねーけど、たぶんそんな感じ。

「うん。いいよ、キスしても」
「お、おう……」
「あ、ちょっと待って」
「……?」
「初めてだね、キス」
「ばか、言うなって。そういうのはな、思っても口にしちゃいけねェの。恥ずかしいじゃねーか」
「そっか。ごめんごめん」

仕方ねーな、と、それしか言えなかった。クスクスと可愛く笑いながら言われたら、俺は他に何て言えるだろうか。

「ねぇ、キスしたら何か変わるかな、私達」
「変わらねーよ…。悪い方には、な」

だね。と小さく頷いたあいつの肩を、間髪入れず、ぐっと引き寄せた。俺は膝を少し曲げて、あいつは背伸びをしたみたいだった。
ゆっくりと顔を離して互いに見つめ合ってみるものの、俺は何て声をかけたら良いのかわからない。ごちそうさま、なんて言ったら気持ち悪ィもんな、うん。ただ、言葉が思い浮かばないのはあいつも同じらしく、すぐにその目を伏せてしまった。

「えっと…、それじゃあ私、帰るね?」
「ああ…」
「送ってくれてありがとう。バイバイ」

俺が小さく返事をすると、名前は小走りで家の方へと向かっていった。
その姿がちゃんと家の玄関まで辿り着くのを見届けながら、さっきの出来事を頭の中で再生してみる。
もちろん悪い方に変わるわけがねェ。いや、俺にとっちゃ、ある意味悪いのかも。どんどん自分が我慢できなくなるのが怖い。
そういえば、唇を離した後のあいつも、ただいまと言いながら家に入っていったあいつも、キラキラ光っているように見えた。

「ハハ…。こりゃ、ヤベェな」

小さく呟いて、小さく笑った。
さて、俺も帰ろう。そんで、久しぶりに早寝して早起きしよう。
まるで初めて小学校に登校するガキみたいに、明日、学校に行ってお前に会うことが楽しみなんだ。


キスの魔法にかけられた未来
明日から、お前から目が離せねーや


Fin.

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