私にも彼氏がいるのになぁ……一応。
ぼんやりと考えごとをしながら私は一人残された体育館裏を立ち去ろうとした。
ほんの数分前までここには私ともう一人、男の子がいた。クラスは違うけど同じ委員会の人。自ら率先して仕事をやっていくとてもいい人だけど、好きになるとかそういう対象じゃなかった。
「まーた告られてたんスか?」
「涼太……」
ボールを脇に抱え、Tシャツで汗を拭いながら体育館から出てきた涼太は、すっと目を細めてこちらを見た。
どうやらご機嫌斜めらしい。考えていることがすぐに顔に出る彼の癖は、可愛いと思う時もあれば、反対に面倒臭いと思う時がある。ちなみに今は後者。
「うん。同じ委員会の人」
「名前にはオレがいるのに告るとか、ばっかじゃねーの?」
「馬鹿は言いすぎだよ。……たぶん本当に付き合ってるとは思わないんじゃないかな?」
「なにそれ、意味わかんねーんスけど」
私の言葉につっかかってくるような物言いにやれやれと溜息が出る。ちゃんとフォローしてあげないと、しばらくはこの調子に違いない。
不貞腐れるように壁に寄り掛かった涼太の前に立つと、私はそっと彼の頬に触れた。
「ほら、涼太はキセキの世代って謳われる天才バスケプレーヤーで、しかも、たくさんの女の子がキャーキャー言っちゃうようなイケメンモデル」
「んー……」
「一方、私は特に取り柄もないバスケ部マネージャー。これだけ聞いたら、万が一にも私達が付き合ってるなんて思えないよ」
むにむにと頬をつまんでも、涼太の眉間に寄せられたシワは元に戻らない。
これでダメならどう言って説得しよう。そう考えていると、涼太は小さなうめきにも似た溜息をつきながら、私の頭に手を置いた。
「他人の評価なんかどーでもいいんス。オレは他の男が名前を想ってるのがイヤっつーか、オレがいるとも知らずに名前になれなれしく接する野郎がいるのがムカつく……みたいな?」
「それは仕方ない……んじゃないかな。だって、どうしようもないもん……」
「きっと、足りないんスよね」
主語が抜けた涼太の言葉。何が足りないのかと問うよりも早く涼太の手が背中に回されて、私と涼太の身体はピタリとくっついた。
地面に落ちたボールが音を立てて遠くへ転がっていく。
「りょ、涼太……?!」
「ね、キスしよ?」
「なっ……ここ学校だよ……?! だ、誰かに見られてたらどうすんの……?」
「ふは、それがいいんじゃないっスか。誰かがこれを見て、その噂が徐々に広がっていく。そーすれば、名前を狙う男なんていなくなる。完璧、でしょ?」
「完璧って、意味が分かんない……!」
ぐぐぐっと身体を押し返しても、彼の腕に絡めとられた私の身体はぴくりとも動かない。焦る私とは反対に、とても冷静かつ楽しそうな表情を浮かべた涼太は、空いた左手で私の頬をそっと撫でた。
「名前のことを想うのはオレ一人でいい。そう思っちゃうくらいに名前のことを愛してるんス……」
「っ…………!」
甘い甘い誘惑の言葉に、彼に反発する力はすっと消えていく。それに「事故で」誰かに見られちゃうんだよね、なんて私の理性が毒されていく。
きっと私も心のどこかで涼太を独占したいと思っていて、自分が思っている以上に私たちは似た者同士らしい。
すっと目を閉じれば、そこはもう私と涼太だけの世界。遠くから聞こえるバスケ部の掛け声を掻き消すような涼太の甘い言葉に耳を澄ませて、私たちは「こっそり」キスをした。
体育館裏の秘密
ゆいさんからのリクエストで、「嫉妬する黄瀬」でした。
黄瀬は嫉妬すると、やたら甘えん坊になるか、ヤンデレ…とまではいかないけどそれなりの手段を講じて彼女を独り占めしようとするかのどちらかだと思ってします。そして、今回はその中間くらいかな?
ゆいさん、リクエストをありがとうございました(*´ω`)
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