「おはよ、名前っち」
「き、黄瀬……?」
4月7日。オレも名前っちも今日から高校一年生。
家は近いし名前っちがバスケ部のマネージャをやっていたから、こうやって一緒に登校するのは中学の頃と何も変わらない。唯一変わったことをあげるなら、オレ達は同じ制服を着ていないということだ。
「どうして黄瀬がここにいるの? あんた海常でしょ?」
「そーっスよ? んで、名前っちは秀徳」
「だったら私を待つ必要ないっていうか、都外なんだから私と同じ時間じゃ間に合わないんじゃない?」
「都外って言ってもここからそんな時間かかんないし、それに名前っちと登校するのはオレの日課なの。だから、駅まで一緒に行こ?」
玄関の前に立ったままの名前っちの腕を引いて道路に連れ出す。ちょっと強引な方法だったかもしれないけど、結局は「仕方ないなぁ」って困ったように笑って隣を歩いてくれるから、やっぱり名前っちは優しい。
「ねぇ、名前っち」
「んー?」
「同じ制服じゃないの寂しいっス。でも、名前っちのセーラ服可愛いから複雑かも……」
「黄瀬のはなんていうかサラリーマンみたいだね」
たぶん彼女はセーラ服姿の自分が褒められたって気付いていない。今までに何度もオレを焦らしてきたこういう鈍感な部分だって名前っちなら許せてしまう。
惚れた弱みって怖いなぁ。そんなことを考えていると名前っちの足がぱたりと止まった。
「あ、ねぇ、黄瀬」
「ん?」
「ネクタイ曲がってる」
「っ……!」
突然掴まれたネクタイに首がグッとしまる。名前っちは彼女の目の高さよりもやや上にあるネクタイの結び目を慣れた手つきで直してくれた。
「初日くらいちゃんとしないとね?」
「あ、ありがと……。けど、他の男にもこんなことしちゃダメっスよ? なんつーか新婚さんみたいで妬けるから」
「秀徳は学ランで、ネクタイないからだいじょーぶ」
「あーもう、そーゆーことじゃなくて! はぁ……、やっぱなんでもないっス」
前言撤回。
鈍感名前っちをこのままにしておくのはとても危険なのかもしれない。それに、いくら恋愛に疎い名前っちだって、今日突然同じ学校の同じクラスの男に惚れてしまう可能性だってある。
だからもう「仲のいい友達」っていう生ぬるい関係に甘えることは許されない。
「ねぇ名前っち」
「なぁに?」
「さっきオレが可愛いって褒めたのは、セーラ服そのものじゃなくてそれを着た名前っちのこと」
「え……」
「あと妬けるのはネクタイだけじゃなくて、名前っちが他の男に優しくすること全部」
困惑を瞳に滲ませて名前っちはオレを見上げている。
ああ、もうこれで後戻りはできないんだって後悔がないといったらウソになるけど、それ以上にオレたちの関係がようやく動き始めたんだとくすぐったい喜びが全身を駆け巡っている。
「名前っちは何もしなくていいけど、オレが名前っちを見る目と名前っちがオレを見る目は違うってことだけは覚えておいて?」
でも、すぐにオレだけしか見えないようにしてみせるから。
最後の一言に名前っちの頬が桜色に色づいたことをオレは見逃さなかった。
もうね、友達はやめよう?
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