これに出てくる二人の出会いのお話。
「助けて、くだ、さい……」
煤で汚れた喉から出て行った声が誰かの耳に届くはずもない。わかってはいるけれど、それでも私は死にたくなかったのだ。
ここは、都会みたいなきらびやかさはないけれど、その代わり、他には負けない美しい自然が自慢の村だった。それが、たった数時間でただの焼け野原だ。
突然の攘夷浪士達の襲撃。あいつらは「どうせ捕まるのなら派手に終わらせてやる」と叫んでいた気がする。震えながら顔を真っ青にしたお父さんとお母さんは、私を家の奥に隠してそのままどこかへ行ってしまった。
「助け……、ゲホッ……っは!」
二人のお陰で刀の恐怖からは逃げられたけど、隠れていた家に火をつけられてしまったらしい。
右足にのしかかる木材のせいで身体が動かない。このまま真っ黒な煙が肺にどんどん入ってきて、最終的には炎に身を焼かれてしまうのかと、数分後の自分を想像してみても、あまりに実感がなさすぎて笑えてくる。
「誰かいるか……っ!」
遠くから焦りを滲ませた声が聞こえた。幻聴なのか、それとも本当に誰かいるのかなんて疑おうとも思わなかった。ただ、死にたくないという気持ちだけが脳みそを支配していて、無我夢中で私は声を上げていた。
「ゲホゲホッ…! ここに……います……! 助けて……、助けてっ……!」
何度も何度も叫び続けているうちに声が出なくなって、目の前も徐々に霞んできて、やっぱり助からないんだろうと、もう一人の私が冷静に分析する。
サヨナラと、全てを諦めて手放そうとした意識を繋いでくれたのは、黒い服に黒い髪、綺麗な肌も煤で真っ黒に汚した男の人だった。
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「大丈夫か? どこか痛いところはないか?」
男の人は私を腕に抱きながら、焼け野原となりつつある村から抜け出した。そして、火の手が回っていない場所までくると、私をそっと降ろしてくれた。そして、まくし立てるように質問されたが、正直、それどころではなかった。
安全だと思われるこの場所には、私達以外誰もいない。
「お父さん……、お母さんは、どこでしょう……? まだあそこにっ……!」
再び火の中に駆け出そうとすると、男の人が私の肩を掴んで引き止めた。
「離してくださいっ……! 私が助けにいかなきゃっ!」
「あそこには、もう生きてる人間なんかお前しかいなかった。あとは……もう……。済まねぇ」
そう言って口を噤むと、男の人は私に向けて深く頭を下げた。そして、何回も何回も、まるで懺悔のように、謝罪の言葉を震える声色で呟いた。
どうして謝るのだろうか。貴方は私の命の恩人で、全ての元凶は攘夷浪士だっていうのに。
謝らないで下さいと伝えようとしたけれど、身体はすでに限界を超えていたらしく、ぷっつりと意識が途切れて、そのまま暗闇に落ちてしまった。
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目が覚めた時、私は病院のベッドの上にいた。
後からテレビで知ったのだけれど、私を助けてくれたのは真選組副長の土方十四郎さん。そして、村を襲った攘夷浪士は土方さんが単独で追い掛けていたやつららしい。だから、ワイドショーではこぞって土方さんの捜査方法を批判していた。行き過ぎた捜査が村人を殺したのだと、誰もが口を揃えている。でも、私の命があるのは紛れもなく土方さんのお陰だ。
それに、行き場がなく困っていた私に、嫌になったらいつでも出て行って構わないからと付け足して真選組の女中の仕事を与えてくれた。
これらの優しさは全て、あの時の謝罪のように罪悪感から生まれているものなのだろうか。そうだとしたら悲しいなぁと、胸がチクリと痛い。
私は今、真選組で働いている。それは、土方さんの優しさにつけ込んでいるわけでも、甘えているわけでもない。ただ、土方さんに恩返しをしたい。過去の出来事なんて関係なしに、私を認めてもらいたい。それだけなのだ。
だから、今日も私は精一杯働こう。
お願いします。情けなんて抜きにして、私の存在を許して下さい。
小さな小さな蕾Fin.
「花咲くその日まで」の主人公が女中になった経緯を長編でとのリクエストでした。ただ長編を書くつもりはないので、短編で書かせていただきました。
リクエストをありがとうございました。