「だいたいねぇッ……! ひじかたしゃんのきもちがね! ぜーんぜんわからないんれす……!!」
そう言ってグラスに半分ほど残っていた梅酒をあおったのは、俺の“友達”だ。
はいはいと適当に相槌を打ちながらテーブルの上を見ると、徳利が2本、ワイングラスが1つ、焼酎のグラスが2つ。それらはどれも空になっていて、さらに、先ほど呑み終えた梅酒のグラスがそこに加わった。ちなみに、俺はビール1杯しか飲んでいない。我ながら驚きだ。
「お前さー、いい加減にしろって。明日も仕事なんだろ? 二日酔いになっちまったら、それこそお前の彼氏に怒られるんじゃねーの? なにしろ、鬼の副長さんだからな」
「あーもー、うるさいなー! きんときのくせに、わらしにさしずするなー! ばぁか!」
「きんとき、じゃなくて、銀時、な。とーにーかーく! お前はもう酒禁止。家まで送ってやるから、もうお開きだ」
「やだやだやだぁぁぁ! きょうはきんときのうちにとーまーるーのー!」
俺の家に泊まる、などと馬鹿なことを言い出す前に、酒をやめさせておけばよかったと、今更になって深く後悔した。
事の始まりは、コイツからのメールだ。「相談があるんだけど聞いてくれる?」と、やけに改まった文面が、妙に事の重大さを想起させた。「俺で力になれるなら」と、普段の数倍の優しさを込めて返信をしたが、実際に話を聞いてみれば、彼氏である土方が忙しくてかまってくれない、ただそれだけのことだった。
相談というよりも愚痴に近いその内容は、コイツが酔えば酔うほど、2人の秘め事にしておくべき内容に迫っていき、最終的には土方とのセックスが物足りないなんて言い出す始末だ。
何が好きで、大串君の床事情を聞かなくちゃならないのか。そして、なによりも、昔から好いていた女から、違う男の話を聞かされるなんて、たまったもんじゃあない。
「ばーか。あんまふざけんな。ぐでんぐでんに酔った女が彼氏でもない男の家にあがったら、何されちまうかわかんねーんだぞ?」
冗談めかして言ってみたが、たぶん、それは俺の心の叫び声のような気がした。
俺はお前の友達である前に、男なんだぞ、って。
「えぇ? ぷっ……! あっははは!」
「な、なに笑ってんだよ?」
「きんときとわたしが、そんなことするなんてありえないもーん」
「…………………」
「はやく、おんぶー!」
何も、言い返せなかった。おんぶ、と言って両手を伸ばしてくるコイツの背を向けてしゃがむ。じんわりと背中に感じる温かさと柔らかさが、こんなに憎く感じるなんて信じられなかった。
名前をおぶって立ち上がると、カウンターの向こうにいるババァに「支払は後で」と短く告げた。いつものことだからなのか、それとも、今日はコイツがいるからなのかはわからないが、ババァは「早く寝かせてやんな」とだけ返事をして、俺たちを送り出した。
「神楽が寝てんだから、うるさくすんじゃねーぞ?」
「………………」
「なんだ、コイツも寝たのか……」
カツン、カツン、カツン。
階段を上る音と振動を少しでも小さくしてやろうと、無意識に慎重になっていた。本当なら、無理矢理にでも起こしてやることが、コイツのため、なにより、俺のためになるのに。
部屋に入ると、とりあえずソファーに名前を横たえた。
「俺も男、なんだよコノヤロー……」
自分は膝立ちになって、眠る名前の首筋に顔をうずめた。
コイツがゆっくりと、深く呼吸をするのに合わせて俺も息をする。こうでもしないと、息をするのを忘れて窒息死する気がしていた。
鼻から空気を吸い込むと、名前の香りが強くして、不覚にも目頭が熱くなった。鼻の奥がツンと鋭く痛い。次いで吐き出す息は小刻みに震えていた。
名前の手に自分の手をそっと重ねると、アイツはまるで赤ん坊みたいに俺の手を握ってきた。その無邪気な温かさに、自然と表情が歪んだ。
“男”になるのは至極簡単だ。互いに酔った勢いでー、とか言いわけをすればいい。でも、俺が欲しいのは、身体じゃなくて心だ。そして、その心は俺じゃない男のところにある。なんだかんだ愚痴を言ったって、コイツが土方を好いているのは一目瞭然だった。
それがわかってしまうから辛くて、なぜか他人の心の機微には聡い己の性分を何度も呪った。
「……すま、ねぇ……」
どうか一晩だけ。お前のそばに居させて欲しい。その間に、全てを諦める覚悟をするから。そして、明日には土方の元へ笑って送り出してやるから。
小さく温かい手を壊してしまわないようにそっと握り返す。そして、名前の心音に耳を澄ましながら、自分も目を閉じた。
渇望
Fin.
前回の反省から、今回はちょっとだけ真面目に書いてみた!
ちがう場面設定で女の子視点も書きたい、です!朝方、銀さんより早く目が覚めたときとか
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