奪われたモノ

「名前」
「んー?」
「しばらくこうしていて欲しいんだ」
「えっ?あ、ちょっ……!」

待って、と短い制止の言葉も言えないまま、小太郎に身体をきつく抱き寄せられた。まるで私の存在を確かめるように小太郎が無言で頭を撫でるから、何故だか胸が締め付けられるような、悲しい気持ちになってしまう。「小太郎…?」と小さく名前を読んで顔をあげると、私はじっと小太郎を見つめた。

「どうしたの…?何かあった…?」
「あぁ…」
「ん…?」
「最近、名前は俺に冷たいからな。こうして、ちょっとシリアスな雰囲気を出せば名前の気を引けると思ったんだ」
「は……?」

キリリと笑った小太郎に、私はピクリと眉間にシワを寄せた。なんだろう、さっきのどや顔がすごくイライラする。怒鳴ってしまいそうになるのを必死に押さえ込みながら小太郎の頭を軽く殴っておくと、「もう、名前はツンデレなんだからぁ」なんて、可愛くないけど可愛く言ったコイツのせいで、私の押さえ込んでいた怒りはいとも簡単に、外へ溢れ出してしまった。

「あー、もう…っ!!馬鹿ヅラっ!!」
「名前にだったらヅラと呼ばれても構わない」
「うるさいっ!」
「それでは黙ろう」
「はぁ?」
「………………………」

ジロリと小太郎を見ると、真顔で私を凝視しながら口を閉ざしている。息までしていないのではないかと疑いたくなるほど、無言というよりも無音を貫く小太郎に、どうしてこの人はこんなにも馬鹿に真面目なのだろうかと不思議に思えてきてしまう。

「はぁ…。あの時、小太郎じゃなくて、晋助についていけば良かったのかなぁ。そしたら、今よりもずーっとカッコイイ攘夷活動をしていた気がする…」
「なっ……!」

目を見開いた小太郎の口から小さな声がこぼれた。震える唇で「本気なのか…?」と私に問う小太郎は真剣な顔だったから、さすがに言い過ぎてしまったかもしれない。心の中で反省していると、先程よりもずっと強く、小太郎が私の腕を引いて自分の胸の中に閉じ込めた。

「俺には名前が必要なのだ。だから…、行かないで欲しい…」
「ごめん…、冗談…」
「ん…?」

私は小太郎の背中に手を回してもう一度謝ると、「そうか、安心した」と柔らかい声色で呟いた小太郎が私の肩を掴んで、身体を互いに視線を合わせられる距離まで離した。ごくたまに見せる、小太郎の優しくて凛々しい笑顔は本当に反則だと思う。いつもみたいに真面目にボケてくれればいいのに、こんな表情を見せられてしまったら、胸がキュンと苦しくて、私はこれからどうしたらいいのか、わからなくなってしまうじゃないか。

「小太郎のばか…、」
「小太郎じゃなくて、ヅラだろう…?」
「うるさい…、ばか…」
「名前…、」
「ん…?」
「愛している。だから、ずっと俺の隣にいて欲しいのだ…」

柔らかく伸ばされた小太郎の手が私の頬を優しく撫でた。言葉の代わりに私が小さく頷くと、小太郎は「ありがとう」とギリギリ唇が重ならない距離で囁くもんだから、思わず息をするのを忘れてしまうほどに彼の瞳から目が離せなくなってしまった。やっぱり小太郎は狡い。そんなことを考えている間に、私の唇の上に小太郎の唇がゆっくりと重ねられた。

奪われたモノ
視線も唇も心も全部貴方に盗られてしまったの

Fin.

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