「銀時ぃ〜…。もう無理。私限界。脳みそが悲鳴あげてる」
「もうちょい…あと2時間頑張れよ。銀さんは諦めねーよ?」
「うがぁ〜…、死ぬぅ〜」
小さな机に2人で教科書とノートを広げていた。ゴツン、と大きな音を立てて机に突っ伏した俺の正面に座る名前は、口を尖らせながら世界史の教科書をパラパラとめくっていた。
「テストは明日なんだよ?世界史ってコツコツやって覚えるもんだから、今さらやったって無駄ぁ〜。だからさ、銀時ぃ!」
「あぁ?」
名前が言うには昨日、化学を一夜漬けで暗記したため、まったく睡眠を取っていないらしい。おそらくそのせいで、今のこいつのテンションは異常に高い。まさか名前が、にこりと笑いながら「一緒に補習受けよ?」と語尾にハートマークを付けて言ってくるなんて、俺は一瞬自分の耳を疑ってしまった。
「俺ァ補習なんてごめんだ」
「銀時の裏切り者ぉ…。死ぬ時は一緒だって、約束したのにぃ…」
「ばか、してねェっつーの」
俺は「銀時のばかー、天パー、糖尿病ー」などと俺のガラスの心に鋭いナイフを容赦なく突き立ててくる名前の額にデコピンをお見舞いしてやった。諦めようとする俺を名前が何度も励ます。これが普段のテスト前の俺達だった。だが、今回の名前は部活が忙しく、まったく手をつけていなかったらしい。それもそうだ、こいつの剣道部は先週の全国大会で優勝したんだった。
とにかく、今まで世話になっていたため、「家で勉強すると寝ちゃうから」なんて言って無理矢理、俺の部屋に押しかけてきたこいつを、逆に押し返すことはできなかった。
「ん〜?おたくヴィアヌス…?」
「オクタヴィアヌス。ややこしいこと言うな、俺までわからなくなる」
「まるくす…あうれ……、まるくす……、あー駄目だ、この人、名前が長すぎる……。死んじゃえばいいのに」
「ばか、とっくの昔に死んでる。じゃあ、そいつの名前を覚えたら、休憩にしてやる」
「んー…………」
「おい…、名前……?」
俺の呼び掛けに返事は無かった。こちらに向けられた頬を人差し指でつついてみるも、やはり無反応。
「ったく……」
無意識に溜息が零れた。
こいつが疲れてて、眠いのはもちろん知ってる。けど、テストは明日じゃねーか。やっぱ起こしてやるべきなのか?しかも、だ。男の部屋で堂々と寝るってどうよ。どう考えても良くねーよ。いや、別に何かするつもりはないが、万が一っていうか、やっぱり俺も男だし?その…、なんつーか…、ムラムラ……?いやいや、ないないない!まさか俺に限ってそんなこと。
そんな俺の心の葛藤を知ってか知らずか、眠ったままの名前が寝言みたいに「ん…」と呟いて、身体をモゾリと動かした。その掠れた声が妙に色っぽくて、背中がゾクリと粟立った。
「はぁ…。どうすりゃいいか、わからねェんだよ」
そういえば、「わからない」とは別に今のこの状況に限ったことじゃない。高杉と辰馬と俺と名前。この4人で居ると、いつもどうしたらいいのかわからなくなる。これが永遠に続けばいいと思うし、壊れてしまえばいいとも思う。
わからなくなる原因はきっと、幼なじみという安全なポジションを捨てて、こいつに俺の気持ちを伝えたいと思っているから。けど、もし名前がこの4人の円満な関係を望んでいるのなら、俺はどうしたらいいのだろうか。
「好きだ、名前のことが…」
今ならこんなに簡単に言えるのにな。なんて思ったら、無性に笑えてきてしまった。
こいつに俺の気持ちが伝わるまで、あとどれくらいの時間が必要だろうか。俺は、やれやれと小さく笑うと、名前には大きすぎる俺のジャケットをその肩に掛けてやった。
眠る君に秘密の言葉を
「よぉ、銀時ぃ、」
「た、高杉っ…?」
「名前から世界史助けてメールが来たからよォ…」
「わしも居るぞー?」
「辰馬……!」
「お…!名前が眠っちょる…!やっぱ可愛いのぉ…」
「てめぇ、名前に手ェ出してねェだろうな?」
「ばーか、出すわけねェだろーが。高杉みたいな野獣とは違って、銀さんは紳士なんですー」
「アッハッハ、金時はチキンだからのぉ」
「………」
「お、図星みてーだな」
Title by:確かに恋だった
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