犬兎ゆるふわ出会い話 お話 2016/07/17 月が城下を照らし出す。 そんな夜は気紛れに屋敷を抜け出した。 息苦しい毎日にほんの少し抗いたくて、眠れない夜は誰もいない場所に足を運んだ。 悪い事をしているのだと喉の奥が締め付けられると同時に、僅かな自由に胸が高鳴った。 住宅地を抜けた先を道なりに進めば、城下町を囲う塀に突き当たる。 手前の垣根の隙間に体を滑り込ませ、雑草を掻き分けると、塀には子供一人が通り抜けられそうな穴が空いている。 そこを潜れば、鬱蒼と茂る夜の森に迎えられる。 足元を見れば、同じ様に抜け穴を知る子供や動物が踏み均した獣道。それを慣れた足取りで踏みしめる。 「こんなこと父様に知れたら、叱られるどころじゃないだろうな……」 片手に携えた魔鉱石のランタンを灯すと、眼前の緩やかな段差が青白く浮かび上がり、道の続きを教えてくれる。 獣道を出てから道沿いに少し進めば、水の流れる音に出会う。そろそろ目的地に到着する頃だ。 目的地とは大層な言い方ではあるが、こんな月夜に向かう先としてはあれ以上のものはないだろう。 とは言え、それが今日に至るまでの秘密の散歩の目的の内の一つでもあるのだが……。 目的地の手前まで差し掛かって、ようやく違和感に気付いた。 風に煽られた葉の擦れる音に、水が流れて飛沫が上がる音。その中に明らかに別の、いや、生き物が立てる音が紛れ込んでいる。 「――っ!!」 慌てて灯りを消し、茂みに身を隠すと、木々の隙間からその原因を目視する。そこには、いつもの様に月の光を受けて美しく煌めく湖面。 本来であればそれが目的で、幻想的で美しい、心が洗われるような光景を眺めて終わる筈だったのだが、普段なら月が映り込み、光の帯を作るであろうその場所に、今は月光を浴びる何者かが佇んでいた。 それは異質と言うにはあまりにも自然で、白髪は月光と共に柔らかな光を帯び、隠すものの無い白い肌は湖面の煌めきを映し、濡れた赤い瞳は鮮烈でありながらも儚くそこに在り、物音一つ立てようものならすぐにでも掻き消えてしまいそうな存在だった。 ああ、まるであれは――。 まるで物語に出てくる精霊を思わせるその美しさに、いつしか瞬きも忘れて魅入っていた。 時間が止まった感覚の中、時折、水音に紛れて微かに聞こえるのは、あの子からなのか。だとしたら、今この手を伸ばせばそれを止めることが出来るだろうか。 その頬を伝う雫が、震える薄い肩が、触れてしまえば壊れてしまいそうなそんな姿が、無性に胸を締め付ける。 「――誰っ!?」 不意に伸ばしかけた腕が茂みに擦れ、現実に引き戻された。 慌てて姿勢を低くすると、息遣いさえも漏らさないように口に手を当て、音を立てないように後退る。 草木の隙間からは、音の犯人を探して視線をさ迷わせるあの子の姿が見える。どうやら、まだこちらには気が付いていないらしい。 ここはこのまま息を潜めて立ち去るべきだろう。 岸に向かって移動する姿を確認すると、足早にその場を後にした。 彼がなぜそこに居たのかは分からない。きっと知ることもない。 ただ、この場で見たその姿が、やけに目に焼き付いて離れなかった。 これが、二人の少年の――ダン・ドレヴィスとエリオット・ラヴィの一方的な出会いであり、始まりでもあった。 ←戻る |