06
コンサートが終わり、一息つこうと、裏口の扉を開けようとした時、何やら言い争う声を聞いたのはルーク・テイラーという一人の青年だ。

ルークはダークブロンドの髪を短めに整え、目尻の少し垂れた優しそうな顔つきに、穏やかな雰囲気を持つ青年である。

あどけなさがほんの少し残るような、純粋なグリーンの瞳が可愛らしく、17を迎えたばかりだ。

そんな子供が関係者以外開くことのない裏口に出ているのは、彼がこのコンサートの主役であるから。

両親共々音楽家のルークは優しい二人の下、のびのびと穏やかに優しく育っていった。特に自分たちが音楽家だから音楽をやらせようとは思わず、好きなように、やりたいように育てた両親だが、やはり血は抗えないと言うのか。間もなくピアノに興味を示すと、めきめきとのルークはその腕をあげた。

一度聴けば全ての音を覚え、弾いてしまう。音色はどれも完璧に美しく、優しい性格からか生み出される旋律は人の心を癒していくようで、天才ピアニストとして、すでに音楽界にその名を轟かせていた。

ルックスも可愛いためか、クラシックなどの音楽に興味のない若者も、写真や雑誌でルークを見るときゃーきゃーと騒ぐこともある。しかし、真面目で優しく、礼儀正しいルークは、もてはやされ驕り天狗になってマスコミから叩かれることは一切なく、周りから見守られるように才能を開花させていたのだ。

この日も3日間のコンサートが企画され、ルークはたくさんの人に自分のピアノを聴いてもらい、幸せな気持ちで音を共有できることを嬉しく思っていた。演奏をするのはルークだけであるが、周りの人がそれを良い気持ちで聴いてくれることで、この音はみんなで奏でたものだと純粋に思うルークだからこそ、皆に愛されているのだろう。

初日の今日は特に緊張もあったが、ラストの喝采や、鳴りやまない拍手に何度もステージに出ては礼をする。

たくさんの人が自分の音を聞いてくれる。みんなで共有した音の世界に拍手をくれる。それはルークにではなく全員でつくりあげたこの空間に。

ルークは頭をさげて、笑顔でそれに感謝した。

一通り終わり、先のように裏口に着くと、言い争う声が聞こえたのだ。何事かと警戒してこっそりとドアを開け、外を見渡す。

「醜い―――だ、――あり、そうだ」

微かだが、声が聞こえる。

言い争うと言うよりは、一方的に一人が怒鳴っている様だ。ルークは静かに扉を潜って、その声に近づいた。とてもいい気持ちで演奏を終え、満ち足りていたために、何か悪い雰囲気に敏感になっていたのだろう。ルークはそれを取り除きたい、解決したいと考え出した。

「ただここで演奏聞いてただけだ」

やっとまともに声が聞けると、一人がめんどくさそうにそう言いだした。

声色はどうでもいいようにあっさりとしていたが、どこか穏やかにも聞こえ、自分の演奏をこんなところでも聞いてくれている人がいたと、驚いたと同時に、会場以外にも広がる世界は大きくあるのだと、心が熱くなる。

(僕の音を、この人は聴いてくれたんだ…)

ジンワリとそう思い、嬉しさでいっぱいになったが、不意に聞こえた鈍くモノがぶつかる音に、ハッと顔を上げた。

めんどくさそうな男の背後辺りにいたルークが見たのは、警官のような男が、その男を殴っただろうとわかる光景で、さらにもう一度腕を振り上げている。

「あっ!」

反射的に声を上げて、体は勝手に飛び出していた。

人が殴られる所など、映画やドラマでしか見たことがないほどに、大切に育てられたルークは大きな恐怖もあったが、同時に無知であり、何の迷いもなく飛び出せたのだ。

「やめてください!!」

「な、なんだ!?」

「…!?」

飛び出したルークは、振り下ろされる腕に必死にしがみ付く。

驚いて手を止めた警官を確認してから、腕を離しバッと倒れていた男の前に立って警官を見上げた。

「誰だ!お前は………あ…き、君!ルーク・テイラー!?」

いきなりの制止に怒りを露わにしたが、ライトに照らされた顔を見て、警官の目が丸く見開かれる。そして名前を告げた辺り、ルークの顔は広く知られていた。

「何で、君が…?、コンサートは?」

ここでコンサートをしていたのは知っているらしい。しかし、その主役がこんな裏口に、しかも一人出てくるとは思わなかった。

「さっき、終わりました…。あの、この人は何かしたんですか?」

この人と言うのは後ろ手に手錠をはめられている男の事だ。今は後ろで、俯いているため、その顔は見えない。

ルークの言葉に驚いたようだが、警官は態度を改めて話しかけた。

「裏口でコソコソとしていたんですよ、怪しいので声をかけただけです」

白々しくそう言う警官に、後ろの男は小さく溜息を吐いたが、誰にも聞こえなかったようで、二人の話は続く。

「そう、なんですか……。あの、でも…」

事の始まりを知らないルークは、警官の話を信じたが、それは先ほど男が言っていた『ただここで演奏を聴いてただけだ』という言葉で解釈された。この人はただ、自分の演奏を聴いていただけだ。チケットが必要なこのコンサートでは、限られた人しか入ることができない、だから…。

「この人は…僕の知り合いなんです」

だから、この人も大切なお客さんで、自分の演奏の世界に欠かせない人なのだ。

「僕が…裏口で待っていてくださいと…、彼に言ったんです…」

嘘を吐くのは得意ではないルークは、それでも必死に言い繕った。通常ならばれてしまっているかもしれない。

だか、警官はあの有名なルークを目の前に、緊張と喜びでそれを鵜呑みにした。

「そうだったんですか!!、君もそうなら先に言いなさい!」

警官は快く男の手錠を外し、握手を求めてから、その場から立ち去る。

ルークはそれを見送ってから、ホッと息ついて後ろを振り返った。ライトの光があまりない暗がりで、男は手錠の痕が少し残る手首を交互に軽く撫でながら、俯いたまま佇んでいる。

「あの…、」

「……」

俯いているためか、裏口のライトをぎりぎり避けた場所だから、男の顔は見えない。

止めに入ったのは良いが、この後どうしたらいいのかわからないルークだったが、男が先ほど警官に殴られた事を思い出した。

「ちょっと待っていてください!」

傷ついた手首をさする男の手袋を付けた手に手をポンッと重ねてから、待っているように告げると、裏口の扉を潜り、中に走り入ってしまった。そんなルークを、男はただ見つめる視線だけを俯きがちに向けるだけだった。


.
.
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男―――ハルトは今さっき裏口の扉へと消えた人間を、微かに目で追った。

パタンと扉が閉まり、再び静寂へと包まれた世界だが、ハルトの中にはいつまでもピアノの旋律が響き、尚且つ、先ほど手袋を付けた手に置かれた体温に、足が地面とくっついてしまったように動くことができずにいたのだ。

警官に殴られそうなところに割って入って、助けてくれたのは、180半ばのハルトより背の低い青年。

まだ、あどけなさの残る青年と少年の間のような男は、いきなりなんの面識もない自分を庇い、顔はまだ見られていないと思うが、初対面で警官に捕まっていた怪しい相手に何の迷いもなく触れてきた。それはハルトにとって驚き以外の何物でもない。

こんなにも警戒心の無い生き物がいるだろうか。

鈍いのかなんなのか、考えてはみたが、どうも彼には答えが無いように思う。

それを優しさと言う事はハルトにはわからない、ただ愚かな奴だとそれだけ導かれた。


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