09
「……ア……レ…フア…レフア」
誰かが私を読んだ。私の名前は出身地では神に捧げられた花の名前だ。私の花が少しそれに似ていたから、初めは皆私をそう呼んでいたのだ。
後から違う種類である私にヒューマンプランツと名付けられたが、私はレフアの方が響きが良くて好きだった。
冷たく美味い水が頭から注がれる。陽も程よく、温度も湿気もちょうどいい。
何より、この声は聞き覚えがあった。
「レフア…起きて…」
彼は私の名前を口にしたことなど一度もないと言うのに…。これは夢なのだろうか。
ぼんやりとした視界に辛うじて見えたのは、黒い髪の特別カッコイイわけでもない、少し可愛い平凡な彼の顔があった。
「……た、ぬま…くん…」
田沼君だ。田沼君が目の前にいる。小さなジョウロを持って、心配そうに、泣きそうに私を見る目が愛おしい。
私の田沼君…。
でも、きっとこれは夢なのだろう。彼に酷い事をした私は、彼に嫌われているし、鹿島先生も同じ過ちを繰り返さないようにと、厳重に合う事を禁止しているはずだ。
夢だとしても会えたことに感謝した。
なんて幸せな夢なんだ。
「田沼君…ごめ、ん…ごめんなさ…お願いだから…一人にしないでくれ…っ」
寂しい。孤独が寂しいのではない。田沼君がいないことが寂しいのだ。
プライドなど捨てて、私は泣いた。
実際には人間になれる力などなく、私の温度や振動で言葉を紡ぐ機会が、そう副音声で流しているのだが。
涙は確かに私の葉という葉からポロポロと出ていた。
「レフア…俺こそ、ごめん」
田沼君もそれを見て泣いた。水とは違う塩気のある物が私の上にぽたぽたと落ちる。
「なんで、田沼君が謝るんだ…私が悪いのに…」
「……確かに最初は…レフアの事恐かった。でも何度も何度も愛してるって言ったあの声が忘れられなかったんだ」
治療後、何の異常も無く普通病院に移った田沼君だったが、もともと植物が好きだったため、どうしても私が憎み切れずにいたとか。
「緑の葉しか見たことがないけど、もっといろんなレフアが見てみたかった…それでもう一度研究所を訪ねて」
そして、私の事を聞いた。私の生い立ちも聞いたのだろう。孤独の中に生きる私が強く強く田沼君を求めていることを鹿島先生は伝えた。
枯れながら何度も田沼君を呼び、謝り、愛の言葉を紡ぐ私に、田沼君は酷く心を射抜かれ、終に枯れたと聞いた時にあれほど大切にしていたバイトをすっぽかしてまで会いに来てくれたそうだ。
「これだけ愛されてるって知ったら、嫌いになれないよ。……一人にしてごめん」
そう言ってフワリと笑う田沼君は、この研究所にあるどの花よりも、綺麗だった。
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