08
目が覚めると、いつもの最適な温度と湿度と日光がある部屋にいた。天井はガラス張りで直接当たる日光が体を癒していった。呼吸をしていると実感できる。
床にはところどころ新鮮な水が流れており、足はそれに浸かっていた。皮膚からくみ上げた水が全身に回り、緑色の髪はより艶やかに美しく光る。
でもなんだろうか、このぽっかりと空いた心の穴は。酷く暗く深い穴は私の生きる気力を奪っていくようで、恐ろしかった。
いや、一番恐ろしいのは傍に田沼君がいない事だった…。
「…田沼君……」
何度も名前を呟き、涙を流す。人間が流す涙のような塩気がないそれは、ただの水の様だった。私はその日から毎日、毎日飽きることなく泣いた。
人間でいることもやめ、鉢の中で静かに生きる。
鹿島先生が何度私呼ぼうが返事をすることは無かった。それこそ、ただの植物になってしまったかのように、そこにあり続けるだけだった。
私という特別な存在を知って探し、私を見つける人間はたくさんいた。それは何十年何百年たっても変わらず、彼らはなんてつまらない生き物なんだろうかと思う。
しかし、田沼君は植物の私の声を聞いて私を見つけたのだ。そして私も見つけた。田沼君と言う最愛の存在を。そう私が見つけたのだ。見つけられたのではない。見つけた。それはなんて素晴らしいことなのか。誰かが勝手にくれたものではない。私自身がこの目で手で感じ見つけたもの。
長年一人の孤独に耐えられなかったからだと皆は言うが、私に言わせてみれば、私は彼と出会う事を待っていたのだ。神なんているのならこの出会いに感謝したい。
もう、彼しかいらないのだ。
田沼君があの後どうなったのか、鹿島先生に聞いても答えてはくれなかった。それが一層私の心を締め付け、縊る殺す。
例え一方的な私の思いであっても、田沼君には知ってほしかった。私を忘れないでほしい。
酷い事をしてしまったとは思って居るが、それでもあのでき事で田沼君の心に、私と言う存在を残していると思うと幸せだった。
田沼君…田沼君……私を一人にしないで…。
とうとう呼吸をすることも緑色の艶やかな髪を保つことも、私にはできなかった。
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日に日に衰え枯れていく私を鹿島先生はいろんな方法で治療していった。しかし私が元気になることなど一度としてない。
花を咲かせることはできず、葉は枯れ落ち、根は腐り始めた。あんなに美しかった私は今では醜くなっている。
生きることなどどうでもよかった。田沼君がいないのだから。
私はゆっくりと呼吸を止めて、目を瞑った。
雑草にでも生まれ変わって、田沼君のアパートの近くで生きるのも悪くないと思った。
どんな形であれ、田沼君の傍にいられるのなら……。
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田沼君が気が付かなくても、私が彼を見つけられればそれでいい……。
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