温室に向かう途中の廊下で、その騒ぎは起こっていた。
道をふさぐようにして生徒たちが立ち止まっており、早く温室に行って満月草を貰いに行きたい私としては、この事態にかなり苛立った。
近づいていくと、囁きあっている生徒たちの声の中に刺々しい声を聞いた。

「グリフィンドールだなんて、さすがは優秀だな」

「ええ、ありがとう。どうやらわたしの家系はスリザリンのことを毛嫌いしているようだから、グリフィンドールと言われたときは嬉しくって泣きそうだったわ」

「お前が最後なんだろう?さっさと死んで血を途絶えさせたらどうなんだ?この恥晒しめ。お前なんか、『穢れた血』よりも最低だ!穢れた、劣性の血め!」

「なんてことを・・・!」

言い争っているようだ。私は溜息を吐いて言う。「何の騒ぎだね」声をかければその場にいた全員が肩を揺らしてこちらを見た。
どうやら騒ぎの中心にはルシウス・マルフォイの愛息子とアルバス・ダンブルドアのお気に入りの少女がいるようだった。(ドラコが「穢れた血」という言葉を言ったから、というだけじゃなく、)ダンブルドアからずっと少女の事を聞かされてきた事もあり、私は少しだけだが焦燥感のようなものを感じた。
見物の生徒たちを退かして中心まで行ったが、誰も口を開こうとしない。仕方なくもう一度口を開いた。

「我輩は、何の騒ぎだね?と、言ったのだが・・・?」

誰が答えるのかと一人一人の顔を見回して、そしてふと思い出したように少女の顔で視線をとめる。そのままその瞳を覗き込んだ。レジリメンス。・・・・・・なんと、何も見えなかった。
ひゅっと乾いた音が聞こえた。
少女の目にはただ、自分の目の前に広がっている光景が写りこんでいるだけで、瞳の奥が覗けない。なるほど、ダンブルドアが気にかけているわけだ。そう思って視線をはずすと、少女はおそらく吸ったまま止めていただろう息を吐き出した。

「ドラコ・マルフォイに『穢れた劣性の血』と言われました」

「然様か。ミスター・マルフォイ・・・入学早々目をつけられるような事はしない方が良いのではないのかね?お父上もさぞ悲しまれる事だろう。スリザリン、5点減点」

息とともに吐き出された質問の答えに、私はふむ、と思案するようなふりをしてから自身の寮から5点を引くと、顔を青ざめたまま動かないドラコ・マルフォイの気を使うふりをした。

「さて、もう用がないのならば行くが良いそれとも、処罰をご所望ですかな?」

「・・・・・・失礼します」

ドラコ・マルフォイはまるでアルマジロの胆汁の抽出液を誤って飲んでしまったような声で言い、角ヒキガエルのはらわたを口に詰め込まれたような顔をして去っていった。
それに釣られるようにして、見物の生徒たちもそそくさとその場を離れていく。かくして、取り残されたのは少女と私だけになった。

「ミス・七市野。君も覚えておくといい・・・」

呆然と立ち尽くしている花子・七市野との距離を詰めながら、この少女を手に入れられたら、等と一瞬おかしな考えが過ぎる。彼女の家系はどうやらスリザリンを避けているようだったが、そんな彼女を・・・・・・決して手に入らないそれを、私が手に入れられたなら。
ふと、彼女の顔色が青白くなっている事に気が付いて手を伸ばす。彼女は身動きひとつせずに私の手を受け入れた。
触れたのは良いものの、どうしたいいのかわからなくなってただ頬を包み込む。

「顔色が少し悪い。我輩の研究室で休んでいきなさい」

誰に対してかわからない、ちょっとした、ささやかな復讐心が生まれた。




その後、花子・七市野はおとなしく私の後をついてきて促されるままに黒い革張りのソファに腰掛けた。顔色は少し良くなったが、未だ表情はラックスパートにでも化かされたかのように呆けている。紅茶を出したところ、すぐにいただきますと手を伸ばして紅茶を啜ったものだから私の心配は杞憂に終わったのだが。
ああ、今この場で彼女の心に入り込みたい。ダンブルドアですら出来なかったそれを。
彼女の正面に座って同じように紅茶を啜る。紅茶を飲みながらも私は彼女の目に集中する「レジリメンス」が、やはり彼女の心に、記憶に入り込む事は出来なかった。この歳にしてこれほどまでの閉心術の持ち主はいまだかつて見た事がない。
そのまま見入っていると、一瞬ゆらりと瞳が揺らいだ。

「・・・・・・スネイプ先生、どうもありがとうございました」

それが先ほどの事をもう一度言っているのか、それとも休ませている事について言っているのか、紅茶を入れた事について言っているのかはよくわからなかった。

「少しは気分が良くなりましたかな?」

「ええ」

七市野はすでに紅茶を飲み終えたようで、ティーカップをテーブルに置くと、私が「おかわりはいかがですかな」と聞く前に口を開いた。

「紅茶も美味しかったです。本当にありがとうございました。もう、大丈夫なので、わたしはこれで失礼します」

そう言って立ち上がった七市野の腕を――私でも一瞬ぎょっとしたが――咄嗟に掴むと、つんのめった七市野の顔が少し近付く。

「・・・何でも困った事があったら私に言いなさい」

「え、ええ、はい・・・わかりました」

七市野はひどくうろたえた様子でなんとか返事を返すと、さりげなくそっと腕を引いた。私も素直に手を離してやると、七市野はもう一度「失礼しました」と言って背を向けた。薄暗い研究室の中ではよく見えなかったが、扉を開けて外に出て行った彼女の耳は見事に赤くなっていた。


なんとなく昔の自分にその姿を重ねては自分の顔にも熱が上がったような気がした。
これではしばらく外には出られまい。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -